親友との別れと、そして――
「世話になったな、師匠、ギルパーニャ」
「もう少しゆっくりしていけばよいのにな」
「そうだよウェイル兄! 後一週間くらい……」
「そうもいかないよ。本部に戻ってカラーコインの鑑定を進めないといけないし、次の依頼もあるからな」
次の日の朝。
この都市での仕事も無事終えたウェイルは、早々に帰り支度をしていた。
本部へ送ったカラーコインの詳細が気になるし、次の依頼だってすでに来ている。あまり長居する時間はなかったのだ。
そそくさと支度をするその中に、フレスの姿はなかった。
そして今は昼下がり。
未だにフレスの姿は見えない。
「……フレスの奴、一体どうしたってんだ……」
「あの子、朝早くから出て行ったきりだな」
「……フレス……」
フレスがいない理由に心当たりがないわけじゃない。むしろ原因はウェイルにある。
昨日の夜、こんなやり取りがあったのだ。
『明日、マリアステルに帰るぞ。準備しておけよ』
『……えええっ!? もう帰るの!?』
『ああ。カラーコインの鑑定もあるし、次の依頼だって入ってるんだ』
『そんな!! 急すぎるよ!!』
『だからと言ってずっとここにいるわけにもいかんだろ?』
『嫌だよ!! 明日はギルと美味しい物巡りするって約束してたんだから!!』
『それはまた今度来たときにしたらいいじゃないか。な?』
『嫌だよ~~!! ギルとまだ遊び足りないんだもん!!』
『あまり我が儘言うなよ。仕事なんだからな。プロになるんなら仕事はきっちりしないとダメだろう?』
『でもでも!! ……うう……』
『次の仕事が終わったらまた来ればいいじゃないか。連れてきてやるよ』
『…………絶対に?』
『絶対だ』
『…………判ったよ……』
フレスがこの都市を離れたくないという気持ちは判らないわけではない。
正しく言えば、ギルパーニャと離れたくない、ということだろう。
何せ封印が解かれて初めてできた、気の許せる、そして対等な立場の友達なのだ。
フレスにとって、ギルパーニャとの日々はさぞかし楽しかったに違いない。
しかし、いくら帰るのが嫌だからといって逃げ出すような奴じゃない。
もしかしたら昨日の男連中に襲われてしまったのかもしれない。
この都市はあんな連中の溜り場だ。最悪の事態だって起こる可能性は低くない。
「師匠、フレスの奴、どっちへ向かっていた?」
「そうさなぁ。ちょこっと見ただけだから確信は出来んが、おそらくは例のオークションハウスの方向だったと思うぞ」
「一体何をしに行ったんだ……?」
「……フレス……!!」
ギルパーニャも心配そうに唇を噛みしめていた。
(あのバカ、親友に心配かけてんじゃねーよ……!!)
ギルパーニャは口元に当てていた拳を握りしめたかと思うと、一目散に走り出す。
「おい! ギルパーニャ!? どこに行くんだ!?」
「フレスを探しに!!」
「…………あれ? ボクを探しに?」
「そうだよ、君を探しに……って、フレス!?」
「うん。どしたの? ギル」
「どしたの? ……じゃないでしょ!! どうしていなくなったのよ!!」
「何で怒ってるの……? ……なんで泣いてるの……?」
気が付けばギルパーニャの瞳には涙が浮かんでいた。
「……どこに行ってたんだよ……。急にいなくなったから……心配しちゃったじゃない……ひぐっ……」
「……ごめんね、ギル。ボク、まさかこんなに心配かけちゃうとは思ってもみなかったよ……」
フレスは優しくギルパーニャを抱きしめた。
「ありがと、心配してくれてさ」
「バカフレス……!!」
とても良い雰囲気を醸し出す二人の背後に、怒りに満ちた気配が近づいてきたことを、フレスは感じた。
「あのー、フレスさん?」
「…………な、なんでしょうか……、お師匠様……」
冷や汗をかきながらゆっくりとこちらを向くフレス。
その目はすでにウルウル、口はアワワワである。
「このバカ弟子が!! どれほど心配かけたと思ってる!!」
額にデコピンをかましてやる。
「アウッ! ……うう、ごめんなさい、ウェイル~~~!!」
「昨日の奴らに何かされたかと思ったじゃないか!! どうして勝手にいなくなった!! そもそもどこへ行っていたんだ!?」
怒鳴るウェイルに、フレスはシュンと落ち込んだかと思うと、何故かギルパーニャの方へ向き合った。
「あのね。これをギルに渡そうと思って」
「……私に……?」
フレスがポケットから取り出したのは――昨日競売に掛けられていた偽物のカラーコインだった。
「…………!? フレス、これ、一体どうやって!?」
「ボクさ、今日はあのオークションハウスに行ってたんだ。あの後、例の連中がどうなったか確かめたくて。もしかしたらこのコイン、返してくれるかもって」
「……どういうことなんだ?」
尋ねたのはウェイル。
「だってさ、あのカラーコインって贋作なんでしょ? だったらさ、あの人達困ってるだろうなと思って」
「……そりゃ困っているだろう。100万ハクロアで落札したんだから相当手数料が掛かるはずだしな。だが奴らはお前らに酷いことをしたんだろ? だったら自業自得じゃないか?」
「確かに彼らは酷いことをしたよ? でも、最初に酷いことを言ったのはボクなんだ。責任の一端はボクにある気がしたんだ。だからさ、案の定困り果てていた彼らに提案をしにいったんだよ」
「……提案だと?」
「うん。彼らにね、このカラーコインは人から盗みましたって、治安局に自供して貰ったんだよ」
「…………なるほど……!!」
これには思わずウェイルも舌を巻く。
見るとシュラディンですら目を丸くしていた。
なるほど、確かにこの手があった。
彼らにのしかかった重い手数料をチャラにする方法。
しかしまさかフレス一人で思いつくとは……。
「ねぇ、一体どういうこと?」
ギルパーニャだけが理解できず、シュラディンに教えを乞う視線を送っていた。
「ギルパーニャよ。フレスちゃん、かなり勉強しているぞ?」
「……そうなの?」
「しっかりとフレスちゃんから聞きなさい」
シュラディンの台詞を待って、フレスが続けた。
「ウェイルから読むように言われた本に、競売についての法律があったんだ。そこにはこうあった。『盗品に関する売買、競売、契約は、対象の品が盗品と認められた瞬間より、これまでの売買、競売、契約、これらを全て無効としたうえで、所有権を本来の持ち主に返還する』って。これって盗品を競売しても、全部なかったことにするって法律でしょ? だから競売そのものが無効になる。それはつまり競売がなかったんだから手数料だってなくなるってことでしょ? それを彼らに話したんだよ。そしたらすぐに治安局へ行って、自供してくれたんだ。そうすることで高い手数料もチャラ。このカラーコインも返ってくる。同時に被害届と、示談成立の証明書も出したから、彼らも罪には問われない。一石二鳥だったよ!」
フレスの話を聞いて、ギルパーニャは目を輝かせていた。
「……凄い、凄いよ! フレス!!」
「やだな~、そんなに褒めないでよ! ……ウェイル、勝手に抜け出してごめんなさい。でもどうしてもこのカラーコインはボク一人で取り戻したかったんだよ」
自分の責任を自分で取る。
自分の失敗を自分で挽回する。
フレスはもう、立派に鑑定士の風格を持っていた。
そんなフレスがペコリと頭を下げて謝ってくるのだ。
ウェイルとて許さざるを得なかった。
「……そうか。ならいい。反省しているなら許すよ。しかしよくやったな、フレス」
「うん!」
若い師匠と弟子を見て、シュラディンも笑みを浮かべていた。
(あの時のフレスちゃんが、今はこんなに笑っていられる。ウェイル、お前は間違いなく立派な師匠だよ)
フレスは改めてカラーコインを取り出し、ギルパーニャに二枚ほど手渡した。
「この偽カラーコインのせいで大変な目に会っちゃったけどさ。でも、これのおかげでボク達、もっと仲良くなれたと思うんだよ。だからさ、記念に半分持っていて欲しいんだ」
「……フレス……!! うん!! 半分、ちゃんと持ってる!! 宝物にするよ!!」
「ボクだって宝物にする! もう失くさないから!」
全くもって価値のない、贋作のカラーコイン。
しかし、二人にとってこれは本物のカラーコイン以上の価値を持った贋作なのだ。
物の価値は、人の想いによって大きく変化する。
鑑定を行う上で、参考にせねばならない基礎の基礎を改めて感じたウェイルだった。
――●○●○●○――
遅ればせながら帰り支度の済んだフレスが出てくると、いよいよ別れの時。
「ギル、短い間だったけど、とても楽しかったよ!」
「私も! ねぇ、また遊びに来てね!」
「もちろんだよ! ウェイルがダメって言っても来るからね!」
二人の手には握られているのは、それぞれ二枚ずつ持つカラーコイン。
「師匠、世話になったな」
「なぁに、俺は何もしとらんよ。むしろ久々に昔お前がまだいた頃のことを思い出せて楽しかったわい。それにフレスちゃんが元気にしているところを見て安心したよ」
「そうか。そりゃ良かったよ」
「……ウェイル、ヴェクトルビアやハクロアの件、気をつけろよ。俺の予想だと裏に何かでかい組織が動いている」
「……『不完全』か?」
「いや、違うな。贋作士の連中だとは思えない。なんにせよ気を付けろよ。こちらでも何か判り次第すぐに連絡を回す」
「恩に着る。こっちも何か判り次第、すぐに連絡するよ」
「まあなんだ。しばらくは大丈夫だろうし、フレスちゃんのこと、立派な鑑定士にしてやれよ?試験はもうじきあるだろう?」
「だな。ギルパーニャだって同じだろ?」
「そうだな。これからみっちりと勉強させんとな」
師匠という立場同士、大きく笑うと互いに握手をした。
「フレス、そろそろ行かないと汽車に間に合わん。行くぞ」
「うん! ギル! またね!」
「うん! ウェイル兄も、達者でね!」
「ああ。じゃあな」
「また来るからね!」
大事そうに握りしめるカラーコイン。
二人は人目なんて気にすることなく、大きく手を振りながら別れたのだった。
――●○●○●○――
「ハクロアの価値はどうです?」
「順調に下降している模様です」
「そうですか。ならば問題ないですね。もっと落ちてもらわないと困りますが」
「サバル、例の奴隷商人の件、いかがなされますか? 最近治安局の影ちらほらありますが」
「ここで治安局と揉めるのはまずいですね。後いくらか儲けた後は、バッサリと切り捨ててください、メイラルド」
「承知しました」
仰々しく頭を下げ、部屋から出ていく女。
残された一人は笑う。
「もうじきですよ。もうあと少しハクロアの価値が落ちたら――」
「――――我々は、王になる…………!!」
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
この話で『龍と鑑定士』第五章「貧困都市リグラスラム編」は完結です!
前章までと違ってフレス主体で書けて筆者はとても楽しかったり。
今回は龍に変身させませんでした。戦闘描写より心理戦を描く練習をしたかったからです。
テキサスホールデムを使ったりして、知らない人には不親切な章になってしまいました。そこは本当に申し訳ありませんでした!
次話からは第六章「為替都市 ハンダウクルクス編」を始めさせていただきます!
是非とも続けて読んでいってくださいね!
何卒よろしくお願いします!