プロ鑑定士の実力
家に戻ると、早速フレスはウェイルに真相を求めた。
「どういうことだったの!? あのカラーコインは!?」
「あれか? あれはな、実は贋作なんだよ」
「……えええ!? 贋作だったの!?」
「そうだ。……といってもルーフィエさんとこで見た奴は本物だぞ? お前たちが持っている奴が贋作なんだ」
「……ほえ!?」
「……ウェイル兄……?」
ギルパーニャは金庫から3枚のカラーコインを取り出す。
「これ、贋作なの!?」
「そうだよ」
「どうして贋作なんて!?」
「それはだな。お前達にそれが贋作だと確かめて欲しかったんだ」
「「……!?」」
二人は意味が解らないと揃って首を傾げた。
「お前達、今度プロ鑑定士試験を受けるんだろ?」
「「うん」」
揃って首を縦に振る。
「その試験の内容には、真贋鑑定も含まれる。お前達は一度本物のカラーコインを見ただろう? だから贋作を渡して、それを目利きしてもらいたかったんだ」
「……そうなの!?」
「そうさ。俺はお前達二人のことを思ってだな?」
「ありがとう~~ウェイルーーーー!!」
「おいおい、そんなに喜ぶなよ?」
フレスは単純に感動していたみたいだが、ギルパーニャはそうではないようで。
「……ウェイル兄、それ、ただの建前でしょ……?」
「……なぬ?」
「ウェイル兄!! 本当のことを言いなさい!! 本当は私達を信じていなかっただけでしょ!?」
「……い、いや、そんなことは!」
「私達がカラーコインを失くすと思って、わざと贋作を渡したんじゃないの!?」
「そうなの!? ウェイル!?」
「いや、そんなことは……実はあったりする……」
やはり腹の探り合いでギルパーニャには勝てない。
「ちょっとウェイル!! ボクの感動を返してよ!!」
「そうだよウェイル兄! どういうことなんだよ!!」
二人に迫られ後ずさりするウェイル。
「だってお前達、本当に失くしたじゃないか」
「「うっ!!」」
図星を突かれ、二人が崩れ落ちる。
「あのな。確かにそういう気持ちはなくもなかったよ。あのカラーコインは貴重だ。正直なところプロ鑑定士協会本部に依頼しなければならないレベルものだ。そんなものをリグラスラムで鑑定など出来るわけがないだろ? だからお前達には囮になってもらったんだよ」
「……囮?」
「お前達は気づいていなかったかもしれないけどな。ルーフィエさん宅へ行くまでも、奴らは俺達を監視していたんだ。俺達の持つものを盗ってやろうってな」
「そうなの!?」
「全然気づかなかったよ……」
「俺はカラーコインを見て、すぐにプロ鑑定士協会へと送る必要があると考えた。帰り際にルーフィエさんと少し話をしていたろ? それは電信を打っていたのと、ルーフィエさんが作っていた対盗賊用の贋作カラーコインを借りていたんだ。それをお前達の持たせたってわけだ」
「……つまり本物のカラーコインをあの男達に奪われないように、ボクらを囮にしてその間にプロ鑑定士協会まで届けたってこと?」
「ああ。そういうことになるな。カラーコインはプロ鑑定士協会本部にてじっくりと鑑定することになった。そのことはすでにルーフィエさんも承諾済みなんだ」
すでにカラーコインはプロ鑑定士協会本部宛てに輸送を頼んでいる。
「じゃあ私達が色々悩んだり頑張ったりしたことは……」
「……まあ一応……全部無駄ってことだな……」
「どうして教えてくれなかったんだよ!! ウェイル兄!!」
ギルパーニャがウェイルのほっぺをつねる。
「イテテテテッ!! 離せギルパーニャ!! 敵を欺くにはまず味方からっていうだろう!?」
「うるさいやい!! このバカ兄!! これでも喰らえ!!」
つねる力はさらに強くなる。
「痛い、痛いって!! 悪かったよ!! お前らを騙すようなことをしてさ!!」
謝るとようやく解放してくれた。……ギルパーニャの奴、爪までたてやがっていた……。
「ふん! 私達、とっても苦労したんだよ?」
「ああ、裏オークションにまで行くほどだもんな。一部始終見させてもらったよ。ギルパーニャ、成長したな」
「……え?」
突然褒められた理由が判らないギルパーニャは思わず呆気にとられる。
「自分でオークションに参加するための資金を稼ぎ、競売の情報もしっかりと確認していた。カラーコインが贋作だと気付けなかったのは修行不足だが、それを差し引いても立派だったと思うぞ?」
「……ウェイル兄……」
「フレスもよくやったな。カラーコインを紛失したのは反省しないといけないが、自分で取り戻そうとしたことは評価に値する。少しは成長したな」
ウェイルがフレスの頭をなでると、フレスは逆に落ち込んでしまった。
「……ボク一人じゃ何もできなかったんだよ。オークションのことも、カジノでのことも、全部ギルパーニャ一人が頑張ってくれたんだ。ボク、褒められる資格がないよ……」
「あのなフレス――」
「そんなことないよ!!」
ギルパーニャが叫ぶ。ウェイルの言葉を遮るほどの大声で。
「ギル……?」
「フレス! 君がいたから私は頑張れたんだよ? あの男連中から守ってくれたじゃない!! フレスがいなかったら怖くて裏オークションに参加すら出来なかったよ!!」
「……ギル……」
「だから褒められる資格はあるよ! ねぇ、ウェイル兄!」
「そうだな。お前は立派に護衛という仕事をこなしたじゃないか。鑑定士の顧客にはお金持ちが多い。だからいざと言う時に客を守れる力がなければこの仕事は務まらない。そういう観点から見れば、お前は立派な鑑定士になれる才能があるよ」
「……ほんとう?」
「鑑定士は嘘を言わん。滅多に」
「……たまにはあるんだね……」
改めてフレスの頭を撫でてやると、今度はとても嬉しそうだった。
――●○●○●○――
「ねぇ、ウェイル兄、あの男連中って、どうなったのかな?」
「さあな。あんな下らないガラクタに100万ハクロアをつけたんだからな。今頃は泣いてるんじゃないか?」
「そういえば最後、どうして100万まで釣り上げさせたの? 贋作って判っているならあれ以上ウェイル兄が行動する必要はなかったでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな。だが俺も大事な妹と弟子をコケにされたみたいで少し苛立っていたんだよ。それで柄にもなくギャンブルに出たってわけだ」
「ギャンブル?」
「そうさ。奴らの損失を少しでも大きくしたかったから、つい札を上げてしまったよ」
「でもさ、あの値段を釣り上げてきた奴はサクラなんでしょ? とすると出品者とグルなわけだから、どんな値で落札されようとも損はしないんじゃないの?」
出品者と落札者がグルであれば、いくら値を上げて落札しても、現金の行き来をしたことにすればいい。損はしないはずなのだ。
「それがそうは問屋が卸さない。オークションを利用するためには当然手数料が掛かるだろ?」
「うん」
「実はあのオークションハウスな。99万ハクロアまでの落札品に関しては手数料が落札金額の5%なんだ。だが落札金額が100万ハクロアを超えた場合、手数料は一気に跳ね上がってしまうんだよ」
「そうなの!?」
「100万を超える競売品の取引には、競売税という税金と、強制的に保険に入らなければならないんだ。……このこと、プロ鑑定士試験に出るぞ?」
「なんですと!? メモしないと……。フレス、鉛筆とって!」
「うん! ボクも勉強する!」
そそくさとメモを取り始めるギルパーニャとフレス。
「話を続けるぞ? つまりな、99万ハクロアと100万ハクロアの間にはとても大きな手数料の差があるんだ。たとえ裏オークションとはいえ、競売税を払わないところはない。何故ならプロ鑑定士協会がとても怖いからだ。家宅捜索に入られるわけにはいかないからな。そういう理由で手数料はとても高くなる。あのオークションハウスのルールを見たんだが、99万ハクロアまでの手数料は5%だが、100万になると、なんと12%だ」
「12%……? とすると100万で落札したから……12万ハクロア!? 高すぎるでしょ!?」
「だろ? たとえ出品者と落札者が裏で繋がっていようとも、オークションハウスとは関係がないはずだ。そして裏オークションの職員はどんなことがあろうとも手数料を徴収する。奴ら、今頃大変なんじゃないのか? 何せあのコイン、贋作なんだからさ!」
ハハハハハ、と笑うウェイルに、ギルパーニャがムッとする。
「ウェイル兄! 笑ってるけどさ、一歩間違えば私達がそんな目にあってたんだよ!? たとえ私達がコケにされて悔しかったって言っても、最後の入札は自殺行為だよ!」
プンスカするギルパーニャを尻目に、ウェイルはさらに笑い声を強くした。
「アーッハッハッハッハ、あ~あ、少し笑いすぎた。あれもな、実はそれほど分が悪い賭けでもなかったんだよ」
「……どゆこと?」
「奴ら、おそらくあのカラーコインを誰にも渡したくはなかったんだと思う。何せあのカラーコインはこの都市屈指の金持ち、ルーフィエ宅から持ち出されたものだ。奴らはずっと俺達を監視していたんだからその程度知っている。ルーフィエの所持品だとすると、その価値は計り知れないと考えるのが普通だ。そんなカラーコインを、お前達が全力で取り戻そうとしている。あげくの果てには、一緒にいた男まで取り返そうと躍起になっている。だとすれば、カラーコインの価値は100万どころじゃ済まない。そう奴らが考えるのは自然なことだ」
「まあ確かにそうだとは思うけどさ。ルーフィエさんの家、この都市に似合わない大豪邸だったし」
「奴らの誤算はただ一つ。そのカラーコインが贋作だったってことだけだ。まさかルーフィエ宅から贋作品が出てくるとは夢にも思ってなかったんだろうな」
「……ボク、なんだか少し可哀そうに思えてきたよ」
「何、自業自得だ。彼らには十分反省してもらわないとな」
なんて平然というウェイルに、ギルパーニャは素直に感嘆していた。
「……さすがはウェイル兄……」
プロ鑑定士の実力を、目の前で見せつけられた。
ずっと一緒だと思っていたあの頃のウェイルが、今はとても遠く感じる。
(私も頑張らないと……!! 絶対プロ鑑定士になってやるんだから……!!)
――●○●○●○――
その夜は非常に豪勢な夕食となった。
ギルパーニャが稼いできた92万ハクロアの内、10万をシュラディンの金庫にこっそり戻すと、残ったのは82万。
ちなみに82万あればこの都市で3年は遊んで暮らせる。
そんな大金をギルパーニャは惜しげもなく使い、テーブル上には最高級の料理が並んでいた。
「おお、今日は凄まじいな……」
用事から帰ってきたシュラディンも思わず目を丸くしている。
「さぁ、師匠、ウェイル兄! 冷めないうちにどんどん食べてよ!」
「そうするか」
「あのね、ウェイル。このシチューはボクが作ったんだよ?」
「どれどれ……。おお、やっぱり美味いな! だいぶ上達したんじゃないか?」
「エヘヘ♪ ギルに色々と教えてもらったんだ~♪」
フレスの得意料理のシチューは、ギルパーニャのおかげでさらにレベルが上がっていた。
「フレスって、結構料理の才能あるかもね♪ 今度は別のレシピ、教えてあげるから!」
「うん! よろしくね!」
「いやはや、こんなに楽しい食事は久しぶりかな……?」
ワイワイと賑やかな食卓に、シュラディンがウェイルに呟く。
「ギルパーニャがあれほど生き生きした笑顔を見せるのは、お前がいた時以来だよ」
「……そうなのか?」
「ああ。今までこんな爺と二人暮らしだったからな。親友が出来て本当に嬉しいんだろうよ。ありがとな、ウェイル。フレスちゃんを連れてきてくれて」
「礼ならフレスに言ってくれ」
そういうと男二人は、かしましく楽しげな女二人を見て、優しい笑みを漏らしてしまったのだった。