白熱するオークションとサクラ行為
『11番、エルフ族の薄羽を19万ハクロアで落札! おめでとうございます!!』
順調にオークションは進み、一つ目の競売品、『エルフ族の薄羽』が落札された。
神獣と呼ばれるものの中でも最も人に近いとされる種族、エルフ。
その存在自体が希少とされ、滅多に人前に出ることはない。
そんなエルフ族であるが、彼らは生まれた時、背中にフェアリーの持つ羽のようなものをつけて生まれてくる。
その羽は生まれて間もなく取れてしまうのだが、エルフ族はその羽をとても大切にするのだ。
「……エルフ族が薄羽を手放すとは思えないよ……」
ギルパーニャがぽつりとつぶやく。
その意味をフレスは重々承知していた。
そう、ここは裏オークション。
違法品すらも売買されるところなのだ。
鑑定士を志す二人にとって、この場所にいること自体心中穏やかではいられない。
「ねぇ、ギル。カラーコインを落札したらすぐに帰ろうよ。ボク、こんな陰気な場所にいたくない……」
「うん。私もだよ」
ギルパーニャも同感の様だった。
競売はさらに進む。
二つ目の競売は思った以上に白熱していたが、結果としては参考落札価格の、およそ1.5倍程度で落札されていた。
「参考落札価格の1.5倍か。次もこれくらいだったらいいんだけど……」
次の競売品こそ二人が求めるカラーコイン。
会場の雰囲気を鑑みるに参考価格の2倍程度あれば落札が可能みたいだ。
「……そろそろだね……」
「……うん」
「――あっ!! ついに来たよ!!」
――午後7時15分。
多少時間はオーバーしたが、ついにカラーコインが運ばれてきた。
『エントリーナンバー3! 世にも珍しい色のついた記念硬貨、通称カラーコインです!! 尚こちらのカラーコインは当オークションの鑑定士でも判断が難しく、詳細につきましては一切不明とのことです。もちろん贋作の可能性だって否定できません! 贋作でありましても当ハウスは一切の責任を負いません。それでも構わないという方のみ、競売に御参加下さいませ!! それでは1万ハクロアからのスタートさせていただきます!!』
オークショニアが競売開始の宣言をすると、次々と札が上がり始めた。
「――10万ハクロア!!」
番号札24番。
一斉に上がった手の中で真っ先にフレスが札を上げた。
『おっと! 早速24番、いきなり10万ハクロアを宣言!! これは期待できそうですね!! 他には!?』
「よし、まずはこれくらいから様子を見よう……!!」
フレスの声を皮切りに続々と手が上がり、そして値段も上がっていく。
『44番、23万ハクロア!!』
44番とは、例のお金持ち風の男。
ちょび髭を親指で触りながら自慢げにこちらを見てきた。
「……こうなったら……!!」
「フレス! とりあえず参考価格まで上げよう!!」
「うん! 24番、30万ハクロアだよ!!」
ついに参考価格まで値段が上昇。
フレスの宣言に、会場はよどめき始めた。
何せ贋作の可能性のある品物だ。
こんな時、周囲の人間が考えることは二つ。
1.贋作だと決めて、参加しない。
2.逆に価値があると思い込み、値段を上げてくる。
贋作であれば、これ以上の出費は非常に痛い。
そもそも30万ハクロアは大金なのだ。
このリグラスラムであれば、それだけあれば2年間は暮らせるほどに。
逆にこの硬貨に30万も値をつけるものがいる。だとすればこの硬貨の真の価値は凄まじい物であるかもしれない。
「35万!!」
『おっと、44番、35万!! さあ、これ以上ないか!?』
「50万!!」
『なんと24番、50万ハクロアだぁ!!』
フレスの50万に、会場が沸く。
例の金持ちそうな男も、ここいらが限界とばかりに張り合うことを止めてきた。
『さあ! 50万!! これ以上はないか!! ないならば……』
オークショニアがハンマーを叩いて、オークションを終わらせようとする。
「フレス! 何とかなったな!!」
「うん!」
二人が手を叩いて喜んだ、その時だった。
「――70万だ!!」
会場の後ろの方から、聞き覚えのある声が飛んできた。
『61番!! なんと70万ハクロアを宣言!! これは決まったか!?』
ニヤニヤと笑みを浮かべる61番の男。
その男の視線の先に、二人はいた。
「……あの男……!! どうして……!?」
「ど、どうしよう! もしかして仕返しに来たんじゃ……!?」
「でもそんなことしてあいつ等間違って落札したらどうするの!?」
「判らないよ!! でも、私達はとにかくこれを落札しないといけないんだ! フレス! 次だよ!」
「……うん!! …………80万ハクロア!!」
フレスが80万を宣言。
だが、フレスの宣言の直後、またも男が叫ぶ。
「90万だ!!」
『おーっと!! ついに90万!! さあ、どうする!? 24番!?』
会場はもはや二人と戦いを見守る雰囲気だった。
「……どうしよう……、これ以上は……!!」
そう、二人が使えるのはどれだけ限界でも82万。
これ以上は入札することが出来ないのだ。
「…………クソ……!! あの男……!!」
睨み返すと、奴らは大笑いを上げていた。
「ギル、ボクが残りの10万払うよ! だからもう限界まで行くよ!!」
「フレス、駄目だ! そんなことしたら!!」
「いいんだよ! 元はと言えばボクが落としたのが悪いんだ! 後はボクがケリをつける!!」
フレスは一度深呼吸をすると、大声て叫んだ。
「92――ムグッ!?」
突如フレスの口が塞がれる。
何事かと、ギルパーニャも視線を上げた。
そこにいたのは――。
「二人とも、もうここらで止めておけ」
「むごむご……、ウェイル!? どうしてここ!?」
「いいから黙って俺の言うことを聞け。奴らはどれだけ値段を上げてもほとんど損をしないんだよ」
「どうして!?」
「奴らはサクラさ」
「サクラ!?」
――サクラ。
オークションを行う際、出品者と手を組んで値段を釣り上げる行動を取ったりする者のことをいう。
「カラーコインの出品者は、奴らの仲間なのさ。だから間違えて落札してしまっても、奴ら同士で適当に契約を済ますだけなんだよ」
「なっ……!! じゃあこのオークションは……!!」
「参加するだけ無駄なんだよ」
「だったらカラーコインは!」
「いいから黙って座ってろ」
ウェイルはフレスから番号札を奪うと、そのまま隣に腰を掛けた。
「いいの!? 例えあいつらがサクラだとしても、取り返さなければ意味ないよ!!」
「だからいいんだって。俺に任せておけ」
そう言うとウェイルは座った体制のまま、大声で叫んだ。
「99万ハクロアだ!!」
再び会場がざわめく。
「ウェイル! 一体何を!?」
「心配するな、奴らのことだ。もう一度食いついてくるさ」
ウェイルはそう言うが二人の不安を拭えない。
その時だった。
「100万ハクロア!!」
またも男が叫ぶ。
『ついに100万の大台に!! さぁ、24番、どうする!?』
「ウェイル!! 一体何を考えてるの!?」
フレスの抗議にウェイルはニヤリと笑うと、こう返した。
「これでいいんだよ、二人とも」
「「――えっ……!?」」
二人はウェイルの言う意味が、この時はまだ理解できていないでいた。
『さぁ、他にありませんか!? ありませんね!? ……ハンマープライス! 61番の方、落札おめでとうございます!!』
盛大な拍手に包まれ、男は手を振って応えていた。
フレス達に嫌味な笑みを向けてくることも忘れてはいない。
「ウェイル、これからどうするの……?」
恐る恐るフレスが訊くと、ウェイルは以外にもあっけらかんと答えた。
「もちろん、帰るんだよ。こんな陰気な場所になんかいられるか」
「……え……!?」
思わず顔を見合わせるフレスとギルパーニャ。
「いいの!? あのカラーコイン、どうするのさ! ルーフィエさんのモノでしょ!?」
「あれはいいんだ。だからさっさと帰るぞ」
中々に渋る二人を見て、ウェイルは強引に抱えると、オークション会場を後にして帰宅の途についた。