ギルパーニャ ~闇に舞い降りた天才~
それからしばらくのゲーム、ギルパーニャはとにかく守りを固めた。
手札がよほど良い時に限り少しずつ賭けていき、相手が調子に乗ったところで一気に賭けて返り討ち、などという戦略もとった。
7ゲーム目においては、手の良い時にとにかく強気に出てくるメガネを、フラッシュVSフルハウスという手札で圧倒し、彼のチップをほとんど吸い上げてしまったほどだ。
そのような手札以外の時は、とにかくチェック、してもコール。
それ以外ならばすぐにフォールドを行った。
これは逃げではない。
この間、ギルパーニャはとにかく対戦相手の趣向や性格を絡め取っていたのだ。
そして獲得チップが300枚を超えた時、ギルパーニャは勝負に出た。
皆の標的は、間違いなくギルパーニャになっていた。
相手に恨みを買うようなプレイスタイルを取ってきたし、そうなる事こそが最大のチャンスを生み出すからだ。
第17ゲーム目。
手が良い時以外、全て初手フォールドを繰り返していたギルパーニャが、今回は初手でレイズを行ったのだ。
「レイズ、チップ15枚!」
ギルパーニャの戦略は徹底していた。
とにかく手の良い時は大賭けする。それ以外の時はすぐに降りる、と。
相手から見ればギルパーニャが大賭けするときはいつも手が良いのだ。
今回もそうに違いないと誰しもが思う。
この時、ギルパーニャの手札は♠の2と♦5。
相当弱い手札であったのだ。
だが、相手はこの雑魚手札が、雑魚に見えない。
「……フォールド」
「……コール」
「……コールさせてもらいます」
「フォールドです」
「俺もフォールドだ……」
彼らのそんな表情を見て、カードが3枚開かれた後、ギルパーニャはさらに大賭けに出る。
「ベット!! チップ33枚!!」
これには周囲も降りざるを得ない。
ギルパーニャの徹底した戦略が功を制す。
この様に弱い手札でも、相手は勝手に勘違いをしてくれるのだ。
ゲームの後半、25ゲーム目のこと。
恨みを買い続行けたギルパーニャはついに待っていた時が来ることになる。
(……来た!! 初手が♦のA、♠のAのペア!!)
ベットラウンドが始まり、皆が順調にコールしていく中、ギルパーニャは宣言する。
「レイズ! チップ30枚!!」
見守っていた観客からどよめきが走る。
それに反比例するかのように、対戦相手からは激しい視線が飛んできた。
(えへへ……見られてる見られてる……!! 十分にエサは撒いたからね……!!)
ギルパーニャはすでに手を打っていたのだ。
あまりにも高額なレート。しかし、対戦相手はすでに冷静さを失っている。
対戦相手本人からすると、おそらく冷静な気でいるのだろう。
それでいい。自分が冷静だと思っている相手ほど、コントロールしやすい相手はいないのだから。
ハゲは宣言する。
「コールだ!!」
「私もコールよ!!」
「……フォールドさせてもらいます」
「……コールだ!!!」
「俺だってコール!!!」
ディーラー以外の皆がコールを宣言。
ポットには150を超えるチップが集まっていた。
ディーラーが最初の3枚を開く。
その中にあったのは♠のJ、♦のQ、そして♥のA……!!
「ベット!! チップ30枚!!」
本来であれば、こんな賭けをしてくる相手に乗ることなどありえない。
――だがしかし。
「コール!」
「私もよ! コール!!」
「コールです!」
「コールだ!!」
彼らは乗ってくるのだ。
(……ついに釣れたね……!!)
ギルパーニャが仕掛けたのは、この状況をおびき寄せる撒き餌だった。
実はギルパーニャ。
これまでの24戦の間、実は弱い手札で何度か突っ張っていた。
第17戦なんかがそのもっともたる例だし、第22戦目にも、同じようなことをやった。
ノーコンテストになったとき、ギルパーニャは自分の悪い手札をわざと大声で自慢していたのだ。
『こんなに手が悪いのに、相手が降りてくれた』
そう叫ぶのだ。
すると相手は心中穏やかではいられない。
この小娘がウザくてウザくてしょうがなくなるのだ。
ここにいる連中もそれなりの猛者である。
だからこそ考える。
この生意気な小娘をギャフンと言わせる方法を。
それはギルパーニャが高額を張ったときに、皆で一気に張り返すというものだった。
これまでのゲームから、ギルパーニャは手が悪くても強気に出ることを知っている。
問題は、本当にその手が弱いかどうかを見極めなければならない点だが、それに至ってはギルパーニャの癖を見ることにしたのだ。
ギルパーニャはあまりにも強い手が来た時、鼻の頭を掻く癖がある。
それを対戦相手のディーラー以外は発見したのだ。
鼻の頭を掻かなければ、こいつは手が弱い。
冷静さを失った彼らはそれが真実だと信じ込んでしまった。
それこそが最大の罠。
もちろん、ギルパーニャにそんな癖はないのである。
(引っかかったね♪)
少し考えれば怪しんで当然のこの行動。
だが彼らのギルパーニャに対する激しい感情が、それをさせなかった。
ギルパーニャがわざと怒りを買うプレイングをしていたのは、このためである。
「……うう、チェックにするよ……」
リバー(最後のカード)が開けられた時、すでにギルパーニャの手はA3枚を含むフルハウスという最高クラスの役になっていた。
だが相手から見れば、そのフルハウスは雑魚手に見えるのだ。
何故ならギルパーニャが鼻の頭を掻いていない。
それに最後、一気に弱気を見せてきた。
この二点で、彼らはギルパーニャの手を勝手に弱いと判断したのである。
回りはさらに白熱。
「レイズ! チップ30枚!!」
「それにコールよ!」
「同じくコール!」
「コールだ!!」
意地悪するかのようにギルパーニャに突っかかってくる他の対戦相手。
相手からすると、ギルパーニャはこのコールに合わせることはありえない。
そう考えてしまったのだ。
この小娘は、ここで無様にも降りてしまうと。
だが、対戦相手達の予想は完全に裏切られることになる。
「レイズ! チップ50枚」
ギルパーニャの宣言に、誰もが口を閉じられずにいた。
何せチップ50枚はこのホールのレイズ最高額なのだ。
「な、何言ってんだ? お前!?」
ついに宣言以外の言葉が対戦相手から漏れ始める。
「お前の手は判ってるんだ! そんなに強気に出たら死ぬぞ!?」
「そうよ! 貴方狂ってるの!?」
「皆様。どうか静粛にお願いします」
ディーラーが場を宥めるが、彼らの鋭い視線は一瞬たりともギルパーニャから離れることはない。
「さあ、みなさん、どうなされますか?」
「…………!!」
皆黙りこくる。
誰もがギルパーニャに怯えていた。
この余裕。まさか自分たちはすでに罠に嵌っているのではないか、と。
だが、その怯えに対し、プライドが対抗してくる。
こんな小娘のブラフに負けるのか、と。
恐怖と威厳が衝突し、彼らが出した結論は。
「「「「コールだ!!!」」」」
ポットに貯まったチップは400を超える。
ついに決着をつける時が来た。
「ショーダウンです……!!」
メガネ ワンペア
入れ墨 スリーオブアカインド(スリーカード)
ハゲ ツーペア
コート ワンペア
ギルパーニャ フルハウス
圧倒的な役の差で、ギルパーニャは勝利し、見事目標であるチップ700以上を達成してしまったのだった。