龍と鑑定士

第二部 第五章 貧困都市リグラスラム編 『妹弟子と引き金の硬貨』

親友

「じゃあ私達も帰ろうか！」

「うん！」

　リグラスラムの町中を仲良く歩いて帰る二人。

「ふん、ふふふふ～～～ん♪」

「フレス、ご機嫌だね！」

「うん！」

　フレスは鼻歌まで歌うほど、とても気分が良かった。

　――友人が出来た。

　ウェイルに封印を解いてもらって以来、初めて友人が出来た。

　もちろんウェイルに対しても似たような感情を抱いてはいるが、あくまでもウェイルは師匠なのだ。

　対等な立場で話が出来る友人はギルパーニャが初めてだった。

「ふふん♪　……えへへへ♪」

　懐かしい気分だった。

　二十数年前にも、同じように鼻歌を歌いながら手を繋いだ相手がいた。

　とても仲良しで、いつも一緒にいた。

　思い出の相手とギルパーニャの姿が、フレスの中では被っていたのかも知れない。

「ねぇ、フレス」

「うん？　何？」

　一歩先に出たギルパーニャがクルリとフレスの方へと振り返り、顔を覗き込んできた。

「あのさ。このカラーコイン、私達で鑑定してみない？」

「カラーコインを!?　出来るの!?」

　ウェイルすら鑑定に手をこまねいている品物だ。

　それを二人だけで鑑定するなんて、無謀にも見える。

「どう？　やってみない？　ウェイル兄を驚かせてやろうよ！」

　いたずらっ子の様ににんまりと笑顔になるギルパーニャ。

「……うん！　やってみよう!!」

　ギルパーニャとなら何とかなりそうな気がした。

「ボクもたまにはウェイルにいいところ見せたいよ！　それにプロ鑑定士になるんだったら、これくらいやってみせないとね！」

「そうだよ！　私だって今年プロ鑑定士試験を受けるんだ！　これくらい、なんてことないよ！」

「ギルも受けるんだ！　なら一緒に合格しようね！」

「当たり前だよ！」

　同じ目標を持った友人が出来た。

　そのことに、フレスはさらに表情を緩めてしまうのだった。

　そしてそれは、警戒心まで緩ませる結果となってしまった。

「……見つけたぞ……!!　あの生意気なガキを……」

「おい、急いで連絡を回せ……!!　行動開始だ!!」

　――●○●○●○――

　二人がワイワイと騒ぎながら帰宅する途中のこと。

「……フレス、ちょっと待って……!!」

　突如ギルパーニャの表情が強張り、周囲を警戒し始める。

「どうしたの？」

「……見られてるよ」

　フレスが周囲を見回してみる。

「……誰もいないけど？」

「……だから不気味なんだ……!!」

　喧噪の絶えないこの都市で、周囲に人が一人もいない。

　こんなことは異常なのだ。

　まるで二人を意図的に避けているかのように。

「たぶん、囲まれてるよ」

「だ、誰に……!?」

「判らないけど……」

　ねっとりとした視線が二人にへばりつく。

　ギルパーニャは、建物の上にキラリと光るものを発見した。

　鋭い殺気が、こちらに牙を剥いてくる。

「フレス！　避けて!!」

　ギルパーニャが叫ぶと同時に、それは打ち放たれた。

「うわぁ!!」

　とっさに体勢を退くと、今まさにフレスが経っていた場所に弓矢が突き刺さっていた。

「誰だ!?」

　ギルパーニャが屋上を睨み返す。

　そこには見覚えのある顔が、いやらしく唇を吊り上げていた。

「へっへっへ、失敗失敗」

「あいつ、昨日の……!!」

　その男とは、昨日ウェイル達を襲っていた連中の一人。

「……だとすると、この視線はあいつらの仲間のか……!!」

「さぁ～て、次は当てちゃうよぉ～～!!」

　弓を構えたスキンヘッドの男は、不敵に笑うと、また弓を構え直す。

「フレス！　逃げるよ！　このままじゃ殺されてしまう!!」

　ギルパーニャは失念していたのだ。

　そう、ここは貧困都市リグラスラム。

　スラム街において、人の価値など無いに等しい。

　彼らはフレス達の命より、その身に着けている物の方に価値を見出す。

　そういった連中の集まった都市なのだ。

「……くそ、私だって、ここの怖さはよく知っていたはずなのに……!!」

　このままでは間違いなく殺される。

　いや、殺されはしないだろうが、その場合、あの連中に凌辱されることだろう。

　ギルパーニャ自身、何度もそういう危機に出くわしてきたし、仲間がレイプ被害にあったことだってある。

　ギルパーニャは全力で走った。

　最悪の状況にだけはさせないために。

「フレスをそんな目に合わせるわけには…………!!　……って、フレス!?」

　ギルパーニャの後ろについて共に逃げてきたと思っていたフレスが、そこにいない。

「フレス!?　どこ!?」

　一度逃げてきた道を引き返す。

「フレス!!　一体どこへ……………!?」

　見つけた。

　フレスは裏路地で、総勢13人の男に囲まれていた。

「さぁて、どうしてくれようか……!!」

「昨日の借り、返させてもらうぞ？」

「嬢ちゃん、金目の物は持ってるかい？」

「持ってるよ！　でもオジサン達にはあげないよ？」

　じりじりと迫る男達に、フレスは物怖じせず答えた。

　その態度に男の一人は癪に障ったらしい。

「おい！　テメェ、自分の状況判っていってんのか!?　ああ!?」

　女子供相手でも容赦なく、その男はナイフを取り出して、その刃先をフレスへ向けた。

「フレス！　逃げて!!」

　ギルパーニャの叫びが響く。

　その叫びも空しく、男のナイフは無情にもフレス目がけて振り下ろされた。

　……ドチュゥ……!!

　生々しい音がギルパーニャの鼓膜を震わせる。

「ああ、あああああ!!!!」

　ギルパーニャの目の前で鮮血が飛んだ。

「わ、私のせいだ……!!」

　些細な油断から、取り返しのつかない事件に……!!

「フレスーーーーー!!!」

「――なに？」

「…………え……!?」

　ギルパーニャは目の前の光景を信じることが出来なかった。

「ギルパーニャ、大丈夫だった？」

　自分の身を案じるその子は、たった今自分が身を案じた子。

「フレス!?　どうして!?　あいつらは!?」

「全員、あそこで倒れてるよ？」

　どうしてか周囲からは冷気が立ち込め、冷気の中心には凍てつく寒さで凍え苦しむ男達が横たわっていたのだ。

「刺されたんじゃないの!?」

「あれは違うよ。あれはね、ボクが刺したんだよ？　大丈夫、傷は浅いし急所も外したから死ぬことはないよ」

　見るとナイフを持った男は、肩に手を当てて倒れていた。

　肩は真っ赤に染まっていたものの、命に支障の出る出血量ではない。

「ふ、フレス……!!」

「なぁに？　ギル？」

「もう、馬鹿!!　心配したんだから!!　せっかく友達になれたのに！　死んじゃったかと思ったじゃない!!」

　涙ながらに抱きついてくるギルパーニャをしっかりと受け止めるフレス。

「大丈夫だよ。ボク、強いんだよ？　何せウェイルの弟子だし！　ボク、ギルパーニャを守るよ！　大切な親友なんだから！」

「うううううう、フレス～～～～～!!!」

「よしよし！」

　泣きじゃくるギルパーニャの背中をさすり、落ち着くまで待ってやる。

「バカフレス……。もうこんな危ないことはしちゃダメだよ……!!」

「それはお互い様だよ！　昨日はギルパーニャがボクを助けてくれたんじゃない！」

「……エヘヘ、そうだったね！　じゃあこれでおあいこだね！」

「うん！　早く戻ろうよ！」

　二人は薄暗い裏路地で、改めて友情を確かめ合ったのだった。

　ポケットに入っていた物が無くなっている事に、フレスはまだ気付いてすらいなかった。

　肩を刺された男が、それを見つける。

「……これは……。良い金になりそうじゃねえか……!!」