色彩入り硬貨(カラーコイン)
「依頼品はこれなのです」
その後、自分の弟子と言うことでフレスを、妹弟子と言うことでギルパーニャを紹介し、ルーフィエの依頼品の鑑定を始めた。
「……これはまた珍しいものを……!!」
「ねぇねぇ、ウェイル。このコイン、なんか綺麗だね!」
「これはな、カラーコインという硬貨だ」
――カラーコイン。
通常の硬貨は、銅なら全面銅色、銀なら全面銀色の様に、基本は一色で作られている。
そもそも硬貨は型に素材の金属を流し込み、固めて作るのだ。
大量生産品であり、その一つ一つに人の手を入れるなど考えられない。
だが、その常識を覆すのがこのカラーコインなのだ。
硬貨一つ一つのイラストに、職人が色を入れていく。
非常に鮮やかなその硬貨は、何かの記念品として作られることが多い。
当然のことながら大量生産など出来ない。
したがって発行枚数も従来の記念硬貨よりも大幅に少ないのだ。
一枚一枚が非常に高価であるに違いない。
そしてルーフィエは、そのカラーコインを、7枚セットで持ってきたのである。
「このカラーコイン、偶然質屋で見つけましてね。店主も多少知識があったのか、相当ふんだくられましたが、それ以上の価値があると私は見てます」
各一枚一枚に描かれたイラストは全て違うものであった。
「このイラストは……?」
見慣れないイラストに、ウェイルは戸惑う。
「私にもよく判らんのですよ」
ルーフィエすら、知らない様子だった。
「今回依頼したのは、この硬貨の詳細および価値についてなのです。私もコレクターとして色々なカラーコインは見てきましたが、このコインについては見たことも聞いたこともないのです」
煌びやかな光沢を放つ7枚のカラーコイン。
「うわぁあ! 本当に綺麗だねぇ……!!」
硬貨以上に目を輝かせるフレス。
「これ、何が書かれているんだろう?」
「う~ん。なんだろうねぇ……」
珍しくギルパーニャも頭を抱えていた。
ウェイルが一つ手に取り、感触を確かめる。
「……素材は……おそらく銀か……」
記念硬貨には銀はしばしば使用される金属である。
金は資金の問題で使えないが、銅ではせっかくの記念硬貨に影を落とす。
間をとって銀なのである。
「ウェイル、調べようか?」
「……いや、後でやろう」
以前フレスがやった水と王冠の調査法。
無論その方法は正しいのだが、カラーコインを水につけるという作業を、例えコインに全く支障がないという確信があるとはいえ、ルーフィエ本人の前で実践するのは気が引ける。
ルーフィエ本人も水の中に硬貨を入れることについて良い顔はしないだろう。それが例え硬貨に影響がないと知っていてもだ。
「ウェイルさん。このイラストについて何か心当たりなど御座いませんか? このイラストから何かの記念かを特定できると思うのです」
「…………どうなんだろうな。もし、このカラーコイン一枚一枚が単独の記念硬貨なら、時間は掛かるが判らないこともないと思う。だが、このカラーコイン、おそらくセット物だろう?」
「私もそう思います」
並べられた7枚の硬貨。それに描かれているものは、何一つとして同じものは存在しなかった。
それでもウェイル達がこれをセット物だと確信できたのは、カラーコインの色彩のせいだ。
7枚のカラーコインは、いずれも基調色が違ったのだ。
赤、黄、緑、青、紫、そして黒と白。
何か意味を為すかのように色分けされたそのコイン。
「……これら全てに関連があるもの、そう考えると特定は難しくなる。まあ逆に一つでも判れば全部判るんだけどな……」
「本当になんなのでしょうね……」
完全にお手上げ状態な二人に、ギルパーニャとフレスが近づく。
「ねぇ、ウェイル兄、私達も持たせて欲しいんだけど!」
「ボクにも!!」
「ルーフィエさん、いいかな?」
「構いませんよ」
「お前ら、落とすなよ?」
ウェイルは7枚のうち2枚を、ギルパーニャとフレスにそれぞれ渡した。
「……う~~ん。やっぱり見たことないよ。師匠なら知ってるかもなぁ……」
「俺もそう思うんだよ。あのおっさんの知識は桁違いだからな」
「……師匠におっさんは酷いでしょ」
そんな会話をする二人を尻目に、フレスはずっと硬貨を睨んでいた。
「むうううううんん…………。ボク、どこかでこれを見たことがあるような……」
「……何だと?」
「本当なの!? フレス!!」
「……うん。絶対見たことあるよ! うっすらと記憶にあるもん。……でもどこで見たかは……ちょっと今すぐには判らないかも……」
「……そうか」
ウェイルは少しばかり落胆するも、それは致し方のないことだ。
何せフレスは龍だ。
人間の何倍も生き、長い間封印されていた。忘れるのも当然だ。
しかし希望は見えた。そのフレスの中にあるうっすらとした記憶。
「フレス。時間を掛けてもいいからゆっくりと思い出してくれ」
「……うん。でもあまり過度な期待はしないでね……?」
「期待しているよ、フレス!」
「むぅ、意地悪……」
フレスにはゆっくりと思い出してもらうとして、今度は別の視点から鑑定を行ってみる。
「年代を調べよう」
カラーコインが製造された年代を調べることにした。
「ウェイル兄、フロストグラスの準備、出来たよ」
ギルパーニャはフロストグラスを取り出してウェイルへ手渡す。
カラーコインの彫りや造形を詳しく観察した。
「……結構時間は経っていると思うが……」
硬貨の彫りは年代をも表す。
硬貨は使用すればするほど表面はすり減るし、そうなれば彫りだって浅くなる。
「……だがこの硬貨を使うことなんてないよな……」
「だよね……」
そう、この硬貨はコレクション用の硬貨である。
使用すること自体が稀であり、ルーフィエほどのコレクターが使用するなど考えられない。
「だとすると……錆びか」
他に時間経過を示すものとして錆びがあげられる。
金属で出来ている以上、錆びを抑えることは出来ない。
また黒ずみ、小さなカビなども鑑定の対象だ。
しかし、この硬貨に至っては、それらの汚れも何一つ見つからなかった。
「ピッカピカだよ」
「さすがはルーフィエ氏だな。残るは塗料だが……」
塗料さえ把握できれば、どこで製造されたものか特定することが非常に容易となる。
しかし、この方法は持ちいることが出来ないだろう。
「……流石にサンプルとして塗料を削ることなど出来るわけもないからな……」
コレクション品に傷をつけるなど、もっての外である。
「ウェイル兄、このカラーコイン、難しすぎるよ……」
「そうだな。やはりしかるべき設備を用意して精密に鑑定しないとな……」
ウェイルが普段持ち歩いている鑑定道具は、基本的に簡易式のものだ。
プロ鑑定士ともなると、鑑定道具に頼らなくても、己の目や知識だけで大概の鑑定をこなすことが出来る。
だが今回のカラーコインについて、ウェイルは悔しいことに何一つ判らなかったのだ。
どうしても正体を探らねば気が済まない。
元々鑑定士という生き物は好奇心が人一倍強いのだ。
ウェイルの鑑定士魂に火がついてしまった。
「ルーフィエさん、すまないがこのカラーコイン、二、三日俺に預けてくれないか? 必ず正体を突き止めてみせる。もし正体が判らなかったら、鑑定料は要らない」
自分の大切なコレクションを貸し出すなど、小心者のコレクターには無理な話だ。
しかし、ルーフィエはウェイルのことを気に入ってしまったし、何よりウェイルの熱意を感じた。
「判りました。貴方を信じて、カラーコインを預けましょう。そして私も力になりましょう。貴方の鑑定の為なら、私はどんな協力も惜しみません。必ずや共にそれの正体を探りましょう!」
「恩に着る。困ったら相談させてもらうよ」
交渉は成立した。
カラーコインの借用書にサインを施し、ルーフィエと握手をする。
「頑張ってください、ウェイルさん」
「ありがとう……!」
その後、ルーフィエがウェイルに話があるということで、少しばかり時間を取った後、ウェイル達三人は煌びやかなその部屋から出て、ルーフィエ宅を後にしたのだった。
――●○●○●○――
「フレス、ギルパーニャ。俺は少し調べ物がある。カラーコインを持って先に帰っていてくれないか?」
カラーコインについて、ウェイルはその筋の情報を集めるつもりらしい。
オークションハウスへ連絡を取り、情報収集をする算段を取り始めた。
本部に電信を打ったりとやることは多いらしく、二人に先に帰ってろと告げたのだった。
「帰ったらすぐに師匠に見せろ。あの人なら何かしら知っているかもしれないからな」
「判ったよ! ウェイル兄は情報収集頑張ってね! 私はフレスと先に帰ってるから」
「師匠さんと一緒に鑑定にチャレンジしてみるよ!」
「ああ。とにかく頼んだぞ。絶対にコインを失くすなよ?」
「判ってるって! ね、ギル!」
「そうだよ! 私達、そんなにドジじゃないからさ!」
「本当に頼んだぞ。じゃあ行ってくる」
多少心配ではあったが、フレスとギルパーニャのことだ。
フレスは龍であり強盗される心配は皆無。
ギルパーニャに至っては自分自身が元盗賊だ。失くすようなヘマはしないだろう。
一抹の不安は残るが、概ね心配いらないだろうと、ウェイルは早足で情報収集に向かった。
カラーコインに興味を持った方は検索してみてくださいね!
色とりどりの硬貨があり、とても綺麗ですよ!
中には立体的になっている硬貨もあり(本当に硬貨から絵柄が浮き出ている)、見ていてとても感動できます。
値段がとても高いですが、一度は手に入れてみたいものです。