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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第一章 宗教都市サスデルセル編 『宗教都市と悪魔の噂』
10/500

頭隠して…… ※

 下の酒場は想像以上に賑わっていた。

 先程スコーンを買いに降りた時より客が増えている。その中から客とテーブルを囲んで談話に興じていたヤンクを見つけ、肩を叩いた。


「おい、ヤンク。もう一部屋借りてくぞ」

「……ういっく。誰だ?」


 ぱぱっと用件だけを伝えて金を置き、部屋へと戻る。

 これぞ深く追及されることを逃れる最高の方法だ。

 ヤンクは相当酒が入っているようだ。顔が赤く、目も据わっている。


「ああ、なんだウェイルか。なんだよ、急に。部屋ならそりゃ腐るほど空いているが」


 なんとも酒臭い。飲みすぎだ。

 客がいるうちから飲んだくれるとは流石はヤンクと言ったところ。

 

(……というかヤンクが飲んでいるのは客の酒じゃないか?)


「ならもう一部屋借りるぞ」


 努めて自然に、そしてしれっと。

 いたって平然に代金をカウンターの上に置いた。

 早足で逃げると怪しまれるので、移動は不自然でないようゆっくりと。

 ヤンクが代金を取りにカウンターへ戻ってきて、無造作に紙幣を数えはじめる。

 今のうちにこの場を去ろうと、階段へ足を向けた時だった。


「ウェイルよ。何故もう一部屋必要なんだ?」


 どうやら簡単には逃がしてくれそうもないらしい。


「――それ、私も気になります!」


 どこから沸いて出たのか、いつの間にかステイリィも隣にいた。

 もっとも面倒くさい奴がこの場に現れる。


「こっちの勝手だ」


 逃げるように目を背けたが、ステイリィに無理やり顔を掴まれて、グリッと首を回された。そのまま顔を覗き込まれる。


「いててててて、おい、手を離せ! 顔を掴むな!」

「ジー……。何か怪しいですね……」


 ステイリィも既に酔いが回っていたのか、耳まで真っ赤にして、目もとろんとしている。


「酒臭い、離せ」

「駄目です。質問に答えてください」

「答える必要ない」

「怪しいですね……。愛する妻にすら話せない秘密なんて」

「誰が愛する妻だ、誰が」

「おい、ウェイルよ。お前一人ならもう一部屋なんて要らないだろ?」

「私はウェイルさんと同じベッドでいいんですけど」

「黙ってろ」


 ヤンクまでもがウェイルに強い疑念を抱き、何やらいやらしい顔で思案し始めた。


「……お前の儲けに貢献してやりたかっただけだ。ただそれだけだ」

「本当か?」

「……本当だ」


 ヤンクとステイリィは目で探りを入れてきたが、しばらくすると馬鹿らしくなったらしい。そのうちに折れて、ステイリィはウェイルの顔を離した。


「客の詮索はタブーだったな。判った。もう一部屋だな。前金は別に要らん。返しておくぞ。ガハハハハハハハ!!」

「なら私が貰っておきます! ナハハハハハハハハハ!!」


 二人して大爆笑。全く何がおかしいのだろうか。いや、酔っ払いにそれを訊くのは野暮というもの。

 酔っぱらったヤンクとステイリィほど扱いに困るモノはそうそう無い。

 とにかく無事に部屋を借りることが出来た。急いで部屋へと戻ろう。


(……そういえばフレスの奴、どこへ隠れた……?)


 ウェイルの不安材料である謎の少女フレス。

 急いで姿を見つけて戻らねば、非常に面倒くさいイベントが待っているのは火を見るより明らか。

 不自然でない程度にキョロキョロと見回し、その小さい姿を探した。


「ところでウェイルよ」


 そんな中、何気なくヤンクが尋ねてきた。思わず肩がピクリとなる。


「ま、まだ何かあるのか?」


 嫌な予感は拭えない。


「いや、大したことじゃないんだが」


 ヤンクの視線を追う。

 視線は酒場のカウンター内へ向けられていた。


「カウンターの中で隠れている女の子、一体誰だ?」



(――なんだと!?)



 ウェイルは急いでカウンターの中を覗いた。


「お、お前……」



挿絵(By みてみん)



 フレスは頭を手で覆い、カウンターの中にしゃがみ込んでいたのだった。

 これで隠れたつもりだったのだろうか。あまりにも間抜けな姿に、思わずこめかみを押さえるウェイル。


「どうしてこんなところに隠れているんだ……」


 ウェイルが声を掛けると、フレスはウェイルが用事を済ませ、戻ろうと声を掛けてきたのだと勘違いしていた。

 顔を上げて自信満々に答えてきた。


「どう? ボク、見つからなかった?」

「バレバレだ」

「バレバレだな」


 呆れるウェイルにうんうんと腕を組みながら頷くヤンク。

 どうやらフレス本人は、これで隠れていたつもりらしい。


「何故こんな所に隠れているんだ? 見つかるに決まっているだろう……」

「だって、他に隠れる場所が無かったんだもん!」


(こんな奴が弟子で本当にいいのか?)


 これから弟子となる者が、これほど天然だと、なんと先の思いやられることか。考えるだけで胃が痛くなる。


「……なんて思ってる場合ではないな」


 背後から猛烈に迫る激しい気配。

 殺気で冷や汗を掻くなんて久しぶりだ。


「ウェイルさん。これは一体どういうことなのですか……?」


 瞬間、肩に激痛が走る。

 まるで万力にでも挟まれたかのように、それは有無を言わさぬ力でウェイルをその場に拘束させた。


「ど、どういうことも何も」


 ゴゴゴゴゴというオノマトペが脳内に響く。

 魔獣ですら裸足で逃げ出しそうな迫力で、ステイリィの顔が迫ってきた。


「ほほ~う、ウェイルくん。この少女のためにもう一部屋、ということだね? いやぁ、流石はウェイル君。紳士ですなぁ?」


 火に油を注ぐように、ヤンクがわざとらしく口を挟んだ。なんて余計な事を。

 こうなれば嘘は通じない。

 いっそのこと開き直る方が賢明かもしれない。


「そうだよ、この娘の部屋だ! さっさと鍵をよこせ!」


 急いで鍵を手に入れ、部屋に戻りカギを掛ける。

 殺気を放つステイリィから逃げる一番の方法だ。


「ボクの部屋なんて要らないよ? ウェイルの部屋があるもん」


 ピキッという音を耳が捉えた。音の発信源はステイリィに間違いない。

 肩を掴む手の力は更に強くなっていた。肩が割れそうだ。


(――頼むからこれ以上余計な事を言うなよ、フレス!)


 しかしその願いは、なんとも惚けた声で打ち砕かれることになる。


「ウェイルと一緒に寝るからお布団だけ頂戴」


 ――シン……。


 突如として訪れる静寂に、周囲の客も酒を飲む手を止める。

 夜の酒場に響いたフレスの発言。そして放たれた強烈な殺気。

 このフレスの言葉の持つ意味は、フレスとそれ以外の者では大きく見解がずれていることだろう。

 次第にあちこちから『この幼女好きめ』などという身も蓋もない批難中傷の声が上がった。

 そして批難の声のボルテージに比例するかのように、ウェイルの肩を掴む力の出力も高まっていった。


「イデデデデデデ!! ステイリィ、何しやがる!? 手を離せ!」

「何しやがるって、それはこっちの台詞です! 誰ですか、この子!? 私という者がありながら!」

「お前、いつから俺とそんな関係になったんだ!?」

「これからそうなる予定なんです!!」

「そりゃおかしくないか!?」


 ウェイルは助けてくれと言わんばかりに、ヤンクとフレスの方に視線を送る。

 だがその肝心な二人はというと、ウェイルのことなど目もくれず聞き捨てならない会話を弾ませていた。


「全くお盛んだな! 布団ならすぐに用意してやるよ! そうだ、嬢ちゃん。今日寝る気はないんだろう? ほら、コーヒーだ。眠気が吹き飛んで精力が出るぞ? もちろん俺の奢りだ、気にするな!」

「本当!? ありがとう!」


 ヤンクはそそくさとコーヒーを二つ用意する。

 その際にこちらをチラリと一瞥してくるところ見ると、ヤンクはこの状況を楽しむ気らしい。

 第一ヤンクは、ウェイルはコーヒーが苦手だと言うことを知っている。意図的な行動なのは明白だ。

 ヤンクの台詞と行動の意味を理解していないフレスは、


「わーい、いただきま~す」


 と、素直にコーヒーをご馳走になっている。


「お前は飲まんのか?」


 悪魔的な笑みを浮かべながら、ウェイルの方をみるヤンク。このエロ爺め……。


「それどころじゃないだろ!? アデデデデッ! 止めろ、ステイリィ! いいから手を離せ!」

「ウェイルさんはバカです! 私という美女をたらしこんで、次は幼女ですか! 馬に蹴られて死んでしまえばいいんです!」

「それ少し意味が違う気がするんだが、ってイデデデデデデッ!!」


 肩を掴んでいた腕は、いつの間にか首周りへと移動し、首を絞めていた。

 怒りで加減が出来なくなっているステイリィは、いよいよウェイルの臨界点へと手を伸ばそうとしていた。

 視界がぼやけ、天に身罷る寸前のところでヤンクがステイリィに静止を求める。


「おい、そろそろ止めとけよ。愛しいウェイルに引導を渡す気か?」

「何を言っているんですか。ウェイルさんが死ぬときは私も同じです! ……って、あれ? ウェイルさん? お~い。……あれれ? 意識がない? ちょっと、しっかりしてください!! ウェイルさん、かむばーっく!!」


 ようやく殺人罪一歩手前で自分の力加減に気がついたのか、ステイリィは、動転しながら手を離した。

 だが長い時間首を絞められていたウェイルには、重力に逆らうほどの余力はすでに残ってはいない。

 体を翻すこともままならず、受け身も取れずにそのまま顔から床とキスすることになった。


「ぐはっ! ……ハァハァ、死ぬところだった……」

「ごめんなさい、ウェイルさん! 私ったら、つい!」


(ついで殺されてはたまったもんじゃないぞ……)

 

 と、ツッコミたかったウェイルだが、あの世とこの世を行き来した代償は大きく、今は床で呼吸を整えることで精一杯だった。


「ウェイル! ウェイル!」


 そこにぴょこぴょことフレスが駆け寄ってくる。

 憂いた顔でウェイルの元へやってきた。


(師匠を気遣うなんて、中々見上げた弟子だ――)


「ウェイルのコーヒーも飲んで良い?」

「…………」


 驚愕で言葉が出ないウェイル。なんと、本日二回目だ。


「コーヒー冷めちゃうから飲むよ?」

「勝手に飲め!!」


(俺は本当にこいつを弟子にしていいのか?) 


 そんな疑問が頭を過ぎるのも本日二回目だった。


「ねぇねぇ、なんでこんなに騒いでるの? ウェイル、なんで苦しそうなの?」


 この期に及んでそんな事を聞いてくるとは、フレスはある意味大した奴だ。


「そりゃ、お前が俺と一緒に寝る、なんて言うからだろ!?」

「それのどこがいけないの?」


 ウェイルは、ここで初めてフレスは龍だと確認できた気がした。

 龍に人間の常識は通らない。非常に厄介な問題である。

 フレスに最初に教えること。それは人間の常識だと悟った。


「あのな、いい歳して、男と女が同じ布団で寝るのは、まずいことなんだよ」

「そんなこと、気にしないよ。だってボクとウェイルの仲じゃない」

「まだ出会って二時間だろ!?」

「やっぱり、ウェイルってツッコミ得意だよね」


(そ、そうかも知れん)


 フレスといると、どうも調子が狂う。


「ほら、布団を用意したぞ。持ってけ」


 ヤンクが布団を持ってきて、フレスに手渡した。


「ありがとう」


 フレスは飛び切りの笑顔をヤンクに支払い、その裏ではステイリィの恨めしそうな表情がウェイルに支払われていた。


「おい、ウェイル」


 ヤンクにちょいちょいと指で招かれる。


「なんだ?」


 そして耳元で一言。


「あれくらいの歳の娘にしか無い旨みもある」

「ほっとけ!」


(今日だけで一生分のツッコミを入れたのではないのか?)


 そうに違いない。


(いや、これからもしそうだから一生分は正しくないな……)


「じゃあウェイル、布団持ってね」

「自分で持て」

「ボクとウェイルの仲じゃない」

「だからっ! ……おっと、危うくツッコんでしまうところだった」

「流石に同じツッコミは飽きるよ?」

「やかましい!!」


 二人の様子を見て、ヤンクどころか店中の客が爆笑していた。ステイリィを除いて。

 面白い夫婦漫才だとヤジを飛ばした客にステイリィの首絞めが炸裂していた。

 本当に難儀な事この上ない。さっさと部屋に戻って寝てしまおう。



 ――そう思った瞬間だった。





「キャーーーーーーーッ!!」

「うわーーーーーーーっ!!」





 宿の外から突如大きな悲鳴が聞こえてきた。


「な、何事だ!? まさか悪魔……!?」


 ヤンクは先程までの酔いは、完全に消し飛んだようで、すぐさまラルガポットをポケットに入れる。

 他の客も悪魔の噂を知ってか、ざわざわと騒ぎ出した。


「表の方からだったな」

「そうみたい、だね。二人、いや、三人の声が聞こえたよ」

「……助けに行こう」


 これは悪魔の噂を確かめる絶好のチャンスである。


「ウェイル、行くの? じゃあボクも行くよ」

「お前は危ないから部屋に戻っていろ」

「ボクに言わせると、ウェイル一人の方が危ないんだけどな。ボク、絶対行くからね」


(そうだった。こいつ、神と同等の力を持つ龍だったな)


 しかし、どうも少女に戦わせる、ということに抵抗を感じた。

 一応フレスが龍であるという事実は証拠は確認したが、その力を実際に見たわけではない。

 伝説や伝承は全て嘘で、本当は弱いという可能性だった無きにしも非ず。

 何せ封印されていたわけだから。


(まぁ、フレス一人くらいなら何とか守れるか……?)


 多少腕に自信はある。戦闘で勝てなくともフレスを逃がすことくらいは出来るだろう。

 そう思いウェイルはフレスの同行を許可した。

 フレスに引き下がる気は皆無だろうし、ここで口論して無駄に時間を割くのも馬鹿らしいと判断した。


「危ないですから、皆さんはここで待機して下さい!」


 たまには治安局員らしい姿を見せるステイリィ。

 顔は赤いが、行動は迅速だった。


「俺も行こう。悪魔のせいで客が減るのは困る。だが何よりウェイルに女が出来たってのが無性に腹が立つ!! 憂さ晴らしだ!!」


「本音はそっちか、ヤンクよ」


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