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浸食2

 電話した時間から半刻ほど経ったころに着信が入った。


 ソファから立ち上がると、読んでいた本を閉じ、耳に当てる。相変わらずの抑揚の無い、こもった声で、


『遅くなりました。『K』です。まず、Я国前国王の死因についてですが……判明不可能でした』


「不可能?」


『……死体が見つかりませんでした。大々的に葬儀が行われたそうですが、葬儀のあった場所と代々の国王が眠っているといわれている廟堂を探ってみましたが、先代国王の墓のみ空でした。また、棺を運んだ者たちと連絡が取れまして、問いただしたところ、妙に軽かったと・・・・・・』


「―――……なるほどな。それで?」


『前国王がなくなった日、その日の夜気味が悪いほどの、紅い月があったそうです……』


「そうか……。Я国の新王の情報は入っているか?」


『いえ。ただ、大層な美人な女性とだけです』


「ならば、その大層な美人とやらに目を光らせておけ。先代国王の死の謎になにかあるかもしれないからな。それと平行して、最近アキン市の外で頻繁に起こっている不可解な殺事件についてもな」


『御意』


 そこで通話が切れた。


 携帯をテーブルへ置くと、ベッドへ歩む。そこには、いまだに起きようとしないクレスラスの姿がある。


 やはり、思ったとおりだった。


 Я国の王が没した日にクレスラスはバチカンより戻ってきた。


 バチカンから延びる電車の通過国のЯ国で何かが起こって、ピアスを外してはいたとはいえ、聖地で清められた神父のからだを蝕んでしまうような高度な力が、クレスラスを襲った。


「面倒なからだに産まれたものだ……」


―――……人にも、神にも愛される青年……。


 そして、彼は悪魔にも愛されている……。


「なぜ、人を避けるのか……。お前の過去に、何があったのか……?」


 昏々と眠り続けているクレスラスに、答えの無い問いを投げかけた。


―――……誰にも知られたくない過去が、ある。


 ワイズには知られてしまっていた。彼はそれを知ったためにクレスラスを捜していた。


 大学在学中に起きた、忌まわしい臨床実験。


 それは、クレスラスの父が予知夢を見た息子を大学に売って行われた、拷問とも言うべき実験だった。


―――……父さんが、俺を……売った……。


 会社が傾き、酒に溺れ、ギャンブルに走る毎日。


 久しぶりに会話をして、連れて行かれたところは、自分が通う大学の理事長室だった。


 隣に座る父が、嬉々として理事長にクレスラスの紹介をする。


「バーで飲んでいたら仲良くなってな。ここの理事長をしていると聞いたんだ。それでな、お前の話をしたらこの方が気前良くお前を買ってくださるそうでな!これで家も会社も安泰だ!」


「父……さん?な、何を……?」


 クレスラスの動揺を、更に追い詰めるように理事長はにこりと笑い、


「ハイドロヂェン君。君は大変優秀な学生だそうだがね、君は今日限りで学生を辞めてもらうよ。代わりに、第二キャンパスで秘密裏に行われている、未来予知臨床実験の被験者になってもらう。君の意見は聞くことはできないよ。わかるよね?」


 さあ、連れて行け。と、理事長の言葉と同時に、そら恐ろしい男の後ろの扉が開かれ、白衣を着た屈強な男たちがやってくる。


「理事長?……っ父さん……っ!離……せ!離してくれ―――!」


 抱え上げられ、ばたついていた足も固定され、クレスラスは口に当てられた布から香るにおいを嗅がされ、無理やり睡魔の闇に飲み込まれてしまった。





―――……父さん。





―――……母さん。





 あれからどれくらい経ったのか、クレスラスには知ることは無かった。


 目覚めては再び眠らされ、脳波を計られる。全身に意味も分からないコードを繋がれ、目が覚めれば夢の内容を記録する……。その繰り返しだった。


 見た夢が予知夢なのかそうでないのかは、クレスラスには分からない。ただ、このときは明らかにいつもと違って見えた。


 薬を当てられ、眠る。


 そこは、闇だった。


 混沌とした、黒の世界。


 自分の姿も確認できないほどに暗い。暗いところだった。


 遠くで、ドン、と何かがぜる音。


 クレスラスは慌ててその方角へと走り出した。ふわふわとした空間を必死に走る。なぜかは分からない。ただ、無性に不安がぎったのだ。


 真っ暗な闇の中に、轟々(ごうごう)と赤く燃えるものが見える。


 人々の逃げ惑う声と、ガラスか何かが割れる音。


―――……ここにいる人は皆、助からない……。


 それほどの、大火事。


『これより、未来予知についての臨床実験を行います』


 誰かの声がする。無機質な白い部屋。気づけば病室にあるようなベッドの上に寝かされていた。からだには動けないほどのコード。周りに幾人の男たちの声がする。


『麻酔をかけて、十分が経過しました』


『彼は眠っている間に、未来を見るという……』


『起きたぞ!』


短時間の麻酔が消え、目を開いた。


『さあ、何を見たか、言ってくれ』


『……割れる……。薬品が……燃えている……』


 白衣の男たちが、もっと詳しいことを迫る。


『第五研究室で……火災が起こる……。そこにいる人たちは助からない……。早く、助けに行ってあげないと……』


 クレスラスは起き上がると、研究室の外を指差した。その方角は、


『もうすぐ……』


 虚ろな表情をしているが、しっかりと第五研究室を指差している。


 途端、何かが爆発した音。次にたくさんのガラスが割れる音が続く。


『予知……だ!』


『何の研究をしていたんだ……?』


『人間の脂の燃焼率じゃなかったか?』


『なぜ爆発するような量を置いていたんだ!』


 ここはとりあえず後から持ち運べばいいとして、第五研究室の火災をくい止めなければ、自分たちの避難経路まで閉ざされてしまう、と男たちはクレスラスを置いて消火活動に向かう。


 皆が助からないことを知っていたクレスラスは、麻酔による眩暈が軽くなったことを確認し、堂々と正門から出て行った。


 二度と、この大学へ近づかないと、固く心に誓って……。








 己の頬に伝う、冷たい涙に驚いて、クレスラスは眼を覚ました。


 アキン市に住む前に起こった、悪夢。


 今もなおこんなふうに夢に出るなんて、よっぽどこたえていたのだろうか。実際、予知をしながら、研究員たちを見捨てた。だが、そのときは逃げ出す以外考えられなかった。一刻も早くここから逃げなければ。また同じような目に遭うと。


 最近まったく見ていなかった夢を見ることが、何か良からぬことの前兆のような気がして、ぶるっと身震いした。


 起き上がり、自分の部屋ではなかった。


 気持ちの良い、キングサイズのベッドに寝かされていた。


 持ち主であるワイズは不在だったが、弱みを握られたような気がして、いそいそと自室へ戻った。


 着替えて夕日に照らされた教会へと向かう。


 御神に逢うために……。



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