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魔術学院一位の天才に夕食で恥をかかされたので、「水とワイン」でこてんぱんにやり返した結果、友人になった話。

作者: 四十早
掲載日:2026/04/03

 エルフの森の魔術学院には、二人の才女がいた。


『言葉の神シーランの祝福』をうけたとされる、ファルダ。

叡智(えいち)の女神メヒスラティアの化身』と呼ばれている、リアーゼ。


 リアーゼは、いつも魔術試験で一位を取り、いつも二位はファルダだった。

 あるとき、だれかが言った。ファルダは頭もいいし、とても優しい、と。


 それを聞いたリアーゼは、艶やかな笑みを浮かべ、周囲の友人たちに聞こえるような通る声で告げた。


「私たち、いい友人になれそうね。こんど友人と夕食会をするの。ファルダ、あなたをレストランに招待するわ。ワインがとても美味しいの。それに音楽も素敵なの。来てくださると嬉しいわ」


 その場にいる、ある友人が言った。

「ファルダ。あなたワインを飲んで大丈夫なの? ワインは強いお酒よ。前に無理をして飲んで……しまったでしょう」

 友人は息を飲んで、ためらいがちに、続けた。

「すぐに酔ってしまうから……皆、あなたの言葉を聞いてしまって大変だったわ」

「……そうね、私はベリーの果実酒を飲もうかしら」


 ファルダの静かな断りを、リアーゼは柔らかな微笑で受け流した。

 だが、その瞳の奥には冷ややかな計算が宿っていた。




 数日後、華やかなシャンデリアが輝くレストラン。


 リアーゼは、ファルダを自分の正面に案内する。

 他のテーブルとは違い、この二人だけのテーブルだった。


 ファルダは周りを見た後、リアーゼの言われるまま席に着く。

 それを確認したリアーゼは給仕を呼び止める。


「ワインを二つ頂戴」

 優雅に微笑んだリアーゼを、ファルダは見逃さなかった。


「リアーゼ、事前に伝えたはずよ」

 事前に受けていたはずの拒絶を無視した、傲慢な注文にテーブルの空気が一瞬で凍りついた。

 ファルダが、次に口を開くより先に、リアーゼはわざとらしく小首を傾げてみせる。


「あら、『言葉の神の祝福』をうけたファルダはワインが飲めないんだったわね。どんな味か、紡ぐ言葉に流れる表現を聞きたかったのに」

 リアーゼは、冷たい眼をファルダに向けたまま、続けた。


「ファルダには、お水を勧めるわ。水の味をも、あなたの言葉できっと食事が美味しくなるでしょう。折角だから、私はワインを。食事も楽しみね。どんな詩を聴かせてくれるのかしら」


 周囲からクスクスと忍び笑いが漏れる。


「ここはワインが美味しいの。勧められたものを飲むのが、いい友人だと思わない? そして『ありがとう』というの」

 友人の前で「作法を知らぬ子供」扱いされたファルダを、リアーゼは勝ち誇った目で見つめた。


「……」


「静かね。音楽がよく聞こえるわ。私一人で来たのかと勘違いしたわ。ねぇ、音楽を止めて頂戴。友人が来てから演奏を始めてほしいの」

 手を挙げて演奏を止める。楽器を持った演奏家は表情を崩さない。


 ファルダは表情をひとつも変えず、ただ給仕を見上げた。

 その瞳の深淵に、給仕は思わず背筋を正す。


「わかったわ。じゃあ、ワイン二つと水を一つ用意して」


「あら、一口ワインを飲むつもりなのね! ファルダ、それが正しいのよ。勉強になったでしょう」


 リアーゼの嘲笑を余所に、給仕が盆に乗せて飲み物を運んできた。

 その盆がテーブルに下ろされる直前、ファルダの鋭い声が響く。


「待って、全部の飲み物を、私の前に置いて。……いいの、置いて」

 給仕の手が一瞬止まったが、有無を言わさぬ拒絶の響きに、給仕は吸い寄せられるように全てのグラスをファルダの前に並べた。


「ファルダ、どういうこと?」


 リアーゼの不審げな声を無視し、ファルダは迷いのない手つきで

 ――ワインの一つに、水を注ぎ込んだ。


「ファルダ、ワインになんてことを!」


 深紅の液体が薄まり、(にご)った桃色へと変わっていく。


「あなたが勧めてくれたワイン、それとお水を勧めてくれたわね。ありがとう。これで正しいのよね」


 ファルダは冷徹なまでの所作で、その「混じり物」をリアーゼの正面へと滑らせた。


「な、なにをしているの、これを飲めというの」

「あなたが勧めてくれたワインよ。ここはワインのお店なのでしょう」


「ばかなの!? これはワインとは言わないわ!」

「では、何というの?」


 ファルダが静かに問いかける。

 レストランの喧騒が遠のき、二人の間には刃のような沈黙が流れた。


「え……?」


「この液体の名前を聞いているのよ」

「……水の入った、ワインよ」

 絞り出すようなリアーゼの答えを、ファルダは逃さなかった。


「あら、万物の名を知る『叡智の女神の化身』と呼ばれているのでしょう? 素敵な名前が聞きたいわ」

「だから、水の入ったワインよ」


「……そう。では、ワインに一滴、水が入ったら、それは何というワインなの?」

「……ワインじゃないわね」


「ワインじゃないなら、何という飲み物なの? やっぱり水の入ったワインなのかしら。つまらないわ」

「……」


「本当に素敵な音楽ね。静寂の旋律だなんて気に入ったわ。誰の声も聞こえないんですもの。きっと一人で食事をしていると勘違いすると思うわ」


 答えを失い、視線を彷徨わせるリアーゼを、ファルダの言葉が逃げ場のない檻に閉じ込める。


「あなたは私に、水を飲めと言った。それは、あなた自身が『水なら飲める』と認めているからよね?」

「な、……」


「なのに、いざ水が混じれば『飲めない』と拒絶する。……私に、自分でも飲めないほど不快なものを勧めたということ?」

「ち、ちがうわ!」


「ならいいじゃない。あなたは水が飲める。つまり、この水もワインも、飲み干せるはず」

 ファルダは静かに言葉を積み上げていく。


「……それなら、用意した私に『ありがとう』と言うのが正しいはずよね。だってお勧めしているんだもの」

「何を……何を言っているの? これはお店のワインではないでしょう」


 混乱するリアーゼを、ファルダは冷徹な慈悲で見下ろした。

「……リアーゼ、そんなことはどうでもいいの」


 ファルダは、一度視線を落としてから、リアーゼにあらためて視線を戻す。


「あなたはこの『水の入ったワイン』は飲めないのね。なら、私はあなたのように、相手が飲めるかどうかも分からないものを、勧めるような無礼な真似はしないわ」


 ファルダは再び給仕を呼び、涼やかな声で告げた。


「ワインを一つ、彼女にお願いね」


 新しく届いた澄んだ赤ワインが、リアーゼの前に置かれる。


 ファルダは、自分専用に用意された、一口も付けられないはずの赤ワインを見つめた。

 そして、それを手に取ると、飲む前に凛とした声で告げた。


「招待してくれて嬉しいわ。美味しいワインを、ありがとう」


 その言葉に嘘はなかった。

 彼女は、相手の悪意すらも「招待への感謝」という言葉で上書きした。

 真っ赤な毒にも似たワイン。

 まるで極上の美酒であるかのように。

 静かに、その香りまでも慈しむように。

 ゆっくりと味わって飲み干した。


 頬に熱が灯るのを、ファルダは感じた。


「酒の神ベルーナは、きっと嫉妬してしまうでしょう。だって、叡智の女神も、このお酒を飲んだら、ほろ酔いしてしまうの。透き通る紅みは、太陽の鼓動を感じさせて頬を情熱的に染める。芳醇な香りは音楽にのって、囁く愛の歌となり、耳の奥をくすぐるわ。女神は肢体を艶やかに揺らして、それに魅せられた火の神は剣を打つのを忘れた――エイロスの葡萄酒」



 静まり返る店内。



「リアーゼ・エイロス、あなたのおうちで作られた、素敵なワイン」


 嫌いなものを一滴も残さず、しかし高潔に飲み干したファルダの姿に、リアーゼは戦慄した。

 言葉だけでなく、その身を削るような誠意に、自分の浅ましさが剥き出しにされたことを悟ったのだ。


「ファルダ。ごめんなさい。……失礼なことをしたわ。私は家の誇りさえないがしろにしてしまった」

 リアーゼの声は震えていた。

 彼女は、自らが「ワインではない」と蔑んだ、あの濁ったグラスを手に取った。

 そして、贖罪(しょくざい)のようにそれを一気に飲み干した。


 二人のグラスが空になったとき、張り詰めていた糸がふっと切れた。


「美味しいベリーの果実酒があるの。……ファルダと一緒に飲みたいわ」

 リアーゼの瞳には、先ほどまでの傲慢さは消え、一人の友人としての熱が宿っていた。


「いただくわ。私の、大好きな飲み物なの。……ありがとう」

 ファルダの微笑みは、春の陽光のように柔らかだった。


 給仕が二つの果実酒をテーブルに置いた。

 そして、演奏が始まった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし楽しんでいただけたら、評価していただけると嬉しいです。

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