第四部 天下の下で 第39章 最後の誓い
夏が近い。
庭の青葉が、濃くなっていた。
元親は、床に半身を起こして座っている。
かつての鋭さは、痩せた頬に影を落とした。
だが、目だけは変わらぬ。
家臣たちが、静かに集められた。
重臣、若手、古参――
長宗我部の歩みを共にした者たち。
元親は、一人ひとりを見た。
若き日の戦場が、脳裏をよぎる。
血。
土。
鬨の声。
そして、四国の夢。
「……長く、生きた」
静かな声だった。
誰も、顔を上げない。
「勝ちも、負けも、見た」
息を整える。
「夢も、失った」
信親の名は、出さない。
だが、皆が知っている。
元親は、ゆっくりと続けた。
「だが、土佐は残った」
その言葉に、家臣の肩が震える。
「国とは、城ではない」
息が浅くなる。
「人だ」
かつて信親に語った言葉。
「争うな」
重臣たちが、顔を上げる。
「家が割れれば、
敵は要らぬ」
短く、鋭い。
「盛親を支えよ」
視線が、盛親へ向かう。
若き主は、膝をついたまま、動かない。
「強くあれ」
元親は、盛親を見る。
「だが、鬼になるな」
わずかな笑み。
「鬼は、一代で足りる」
部屋に、かすかな空気の揺れが走る。
それが、最後の冗談だった。
元親は、息を整え、天井を見上げる。
木目が、揺れている。
遠く、海の音がする。
――四国を、統べたかった。
心の奥で、まだ小さく燃える夢。
だが、それはもう悔いではない。
守れたものがある。
残せたものがある。
それで、よい。
「……頼む」
誰に向けたのか、分からぬ言葉。
そして、静かに目を閉じた。
部屋には、風の音だけが残る。
鬼若子。
四国の覇者。
そして、一人の父。
長宗我部元親は、
この日、
土佐の山河に、その生を還した。




