第四部 天下の下で 第36章 残された国
城に、音がなくなった。
太鼓も、笑いも、議論も、
どこか遠い。
信親の亡骸は戻らぬ。
戻ったのは、遺品と、名だけだった。
「奮戦」「忠勇」「誉れ」
並ぶ言葉は立派だ。
だが、空虚だった。
元親は、広間に座したまま、
動かない日が増えた。
誰も、声をかけられない。
鬼は、まだそこにいる。
だが、父は、立ち上がれずにいる。
城下では、不安が広がる。
「次は、誰が継ぐ」
「家中は、まとまるのか」
声は小さい。
だが、確実に広がる。
老臣が、そっと進み出た。
「殿……」
元親は、目を開ける。
「土佐が、揺れております」
静かな報告。
元親は、しばらく天井を見つめた。
木目が、揺れて見える。
――立て。
胸の奥で、声がする。
父ではなく、主の声だ。
ゆっくりと、立ち上がる。
足が、重い。
だが、倒れぬ。
評定の席。
元親は、座す。
その姿を見ただけで、
家臣たちは背を正す。
「信親は、戻らぬ」
静かな声。
「だが、土佐は残る」
視線が集まる。
「残された国を、
守る」
それは、命令ではなく、誓いだった。
次の嫡子の名が、挙がる。
まだ若い。
不安もある。
だが、進むしかない。
夜、元親は一人、城壁に立つ。
海は、変わらず揺れる。
あの日、信親を見送った海と、同じ。
――守れなかった。
その思いは、消えぬ。
だが。
守らねばならぬものは、
まだ、ここにある。
城下の灯。
山の影。
畑の土。
元親は、深く息を吸う。
鬼は、泣いた。
父も、泣いた。
だが、主は、立つ。
それが、
残された者の役目。
夜が、明ける。
土佐の空は、淡く染まる。
光は、弱い。
だが、消えてはいない。
長宗我部元親は、
再び、前を向いた。
失った光の代わりに、
国そのものを、灯とするために。




