第四部 天下の下で 第31章 試される若き主
城の空気が、少しだけ変わった。
評定の席に、信親が座る。
元親は、奥に控える。
位置が、逆だ。
家臣たちは、その違いを、言葉にせず感じ取っていた。
「本日の件、若殿にて」
老臣が、そう告げる。
信親は、うなずいた。
まだ若い。
だが、逃げはない。
「畿内より、達しが参っております」
役目の者が読み上げる。
「年貢増徴。
並びに、人足の追加徴発」
ざわめき。
土佐には、もう余裕はない。
信親は、すぐに答えなかった。
一度、目を伏せる。
――父なら、どうする。
だが、父の答えをなぞるだけでは、意味がない。
「……全ては、受けられませぬ」
静かな声だった。
空気が、張る。
「理由を」
畿内役人が、即座に問う。
「民が、持ちませぬ」
信親は、正面から見据えた。
「年貢は、定めの分まで。
人足は、半数にて」
役人の眉が動く。
「それは、命に背く」
信親は、息を吸う。
「背きませぬ」
言葉を選ぶ。
「果たせぬ命は、
形だけ従っても、
やがて国を空にします」
若いが、軽くはない言葉。
役人は、元親をちらりと見た。
だが、元親は、動かない。
信親の戦だ。
「……持ち帰ります」
役人は、そう言うしかなかった。
人が去った後、
評定の間は、静まり返る。
誰かが、息を吐いた。
「若殿……」
老臣が、深く頭を下げる。
「よくぞ」
信親は、初めて肩の力を抜いた。
その夜、元親は信親を呼んだ。
「前に出るな、と言った覚えはない」
静かな声。
「だが、出すぎるな、とも言わぬ」
信親は、黙って聞く。
「今日の判断、
正解かどうかは、まだ分からぬ」
信親の胸が、締まる。
「だが」
元親は、ゆっくり言った。
「主として、
己で選んだ」
それだけで、十分だった。
外では、夜風が吹く。
信親は、空を見上げた。
重い。
だが、逃げられぬ重さ。
――これが、主か。
元親は、その背を見ていた。
もう、前には出ない。
だが、倒れそうになれば、
必ず、支える。
それが、残る者の役目。
時代は、確かに、
次の主へと、歩き始めていた。




