第四部 天下の下で 第29章 削られる国
帰らぬ兵の名が、増えていった。
最初は、数人。
やがて、十、百と。
戦死ではない。
病。
難破。
行方知れず。
朝鮮の地は、土佐よりも遠く、冷たかった。
城下に、黒い布を巻いた家が増える。
「殿は、知っておられるのか」
「天下の戦だ」
「だが、死ぬのは土佐の者だ」
声は小さい。
だが、消えない。
元親は、すべて報告を受けていた。
一つも、避けずに。
書状の山。
名簿の赤線。
夜ごと、灯の下で、それを追う。
――この名を、覚えている。
かつて、槍を持たせた。
かつて、畑を見た。
削られているのは、
兵ではない。
国だ。
評定の席で、家臣が言う。
「年貢が、持ちません」
「人手が、足りませぬ」
元親は、うなずく。
「分かっている」
だが、止められない。
天下は、まだ戦を続けている。
ある日、老臣が膝をついた。
「殿……
このままでは、
土佐が痩せます」
元親は、目を閉じた。
――分かっている。
分かっているからこそ、
苦しい。
夜、元親は城を出た。
城下を歩く。
灯は、少ない。
笑い声も、減った。
かつて、戦に勝った夜は、
酒と声が溢れていた。
今は、静かだ。
それが、平和だと、
誰が言えるだろう。
城に戻ると、
元親は剣を手に取った。
抜かない。
ただ、重さを確かめる。
――剣は、軽くなっていない。
――重くなったのは、己だ。
朝、白髪が一本、落ちた。
老いが、忍び寄る。
鬼と呼ばれた時代は、
遠い。
だが、元親は知っていた。
国を失うとは、
一度に起こるものではない。
こうして、
少しずつ、削られていく。
それを、
見届けねばならぬ者が、
主なのだ。
元親は、再び帳面を開いた。
削られながらも、
まだ、土佐は生きている。
――ならば、守る。
削られきる、その時まで。




