第四部 天下の下で 第27章 与えられた国
土佐に、戦の音はなかった。
太鼓も、法螺も、鬨の声もない。
あるのは、役人の足音と、帳面を繰る音。
天下の世は、静かだった。
元親は、城の広間で、検地の報告を受けていた。
「石高は、羽柴の基準に従い、改めております」
家臣の声は、淡々としている。
「異議を唱えれば、再検地となりましょう」
元親は、目を伏せたまま、うなずいた。
「……従え」
それが、今の答えだった。
かつて、国は血で広げた。
今は、数字で縛られる。
城下では、民の声が揺れていた。
「年貢が、増えた」
「だが、戦はない」
「息子が、徴発されぬだけ、ましだ」
安堵と不満が、入り混じる。
元親は、それをすべて聞かせていた。
止めぬ。
塞がぬ。
夜、側近が言った。
「殿……天下の下は、息が詰まりますな」
元親は、苦く笑った。
「国を守るとは、
自由を失うことでもある」
それは、かつて知らなかった重さだ。
数日後、畿内から役人が来た。
若く、言葉が整っている。
「土佐殿の政は、
よく治まっております」
褒め言葉のはずだった。
だが、その裏に、監視がある。
「……感謝する」
元親は、礼を尽くした。
鬼が、礼を尽くす。
それは、時代の変化そのものだった。
役人が去った後、
元親は一人、庭に出た。
月が、白く照らす。
剣を抜くことは、もうない。
だが、剣を捨てたわけでもない。
――この国は、借り物だ。
与えられた国。
奪った国ではない。
だが。
土佐の山も、川も、
民の声も、
すべてが、元親の胸に残っている。
「守る」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
天下のためではない。
四国の夢のためでもない。
ここに生きる者たちのために。
鬼は、剣を振るわずとも、
鬼でいられる。
それを、元親は、少しずつ理解し始めていた。




