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元親  作者: 劉・小狼☆
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第四部 天下の下で  第26章 天下の下で

 ――時代は、選ばぬ者にも選択を迫る。

 ――夢を抱いた者ほど、その代償は重い。


 天正十三年。

 羽柴秀吉は、ついに四国へ兵を向けた。


 それは、戦というより、

 天下の意思だった。


 土佐へ届いた知らせは、静かだった。


「羽柴勢、淡路を越え、阿波へ」


 元親は、黙って聞いた。


 驚きはない。

 覚悟は、すでにできている。


 城下は、不思議なほど落ち着いていた。

 恐怖よりも、諦観が漂っている。


 ――抗えば、滅ぶ。

 ――従えば、生きる。


 評定の席。


「戦うべきではありませぬ」


 誰もが、同じ結論に辿り着いていた。


 元親は、ゆっくりとうなずく。


「……戦わぬ」


 その声は、揺れなかった。


 かつて、鬼と呼ばれた男が、

 剣を置く決断をした。


 使者が、秀吉の書状を携えて現れる。


「所領安堵。

 ただし、四国の統治は、羽柴に従うこと」


 条件としては、破格だった。


 元親は、書状を読み終え、深く息を吐く。


「伝えよ」


 使者に向かい、はっきりと言う。


「長宗我部元親、

 天下に背かぬ」


 頭を下げる。


 それは、屈辱ではなかった。


 選択だった。


 ――天下は、剣だけで築かれたのではない。

 ――剣を置く決断の上にも、築かれてきた。


 秀吉は、元親を呼び出した。


 大坂城。

 人と権力が渦巻く場所。


 元親は、土佐の装いのまま、進み出る。


「四国を夢見たと聞く」


 秀吉は、笑った。


「……はい」


「惜しいな」


 その言葉は、嘲りではなかった。


「だが、引いたのは賢い」


 元親は、何も言わない。


「鬼になれる者は多い」


 秀吉は、続ける。


「だが、鬼を捨てられる者は、少ない」


 元親は、その言葉を、胸に刻んだ。


 帰国後、土佐は変わった。


 戦の準備ではなく、

 治めるための政が、主となる。


 検地。

 法度。

 城下の整備。


 かつて血で広げた国を、

 今は、言葉と仕組みで守る。


 夜、元親は城の上から、土佐を見渡す。


 四国の夢は、ここにはない。

 だが――


 民はいる。

 国は、生きている。


 鬼若子は、もう前には出ない。

 だが、消えたわけではない。


 胸の奥で、

 国を守る覚悟として、静かに息をしている。


 ――天下の下で生きるとは、

 ――夢を捨てることではない。

 ――夢の形を、変えることだ。


 長宗我部元親は、

 天下に屈したのではない。


 天下の下で、

 なお、主であろうとしたのである。

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