第三部 四国の夢 第24章 天下の声
朝、霧が晴れると、陣に一騎の使者が現れた。
羽柴の紋。
それだけで、空気が変わる。
使者は、馬を降り、深くも浅くもない礼をした。
「羽柴秀吉公より」
差し出された書状は、軽かった。
だが、手に取ると、重い。
元親は、封を切る。
文字は、柔らかい。
だが、その裏にあるものは、硬かった。
「四国の儀、
天下静謐のため、
羽柴にて預かる」
命令だった。
元親は、目を閉じる。
家臣たちが、息を呑む。
「返書を」
元親は、静かに言った。
その夜、元親は筆を執る。
「四国は、
土佐より始まり、
土佐にて治まる」
短く、だが退かぬ文。
返書が出された。
数日後、再び使者。
今度は、言葉が添えられた。
「秀吉公は、
土佐殿の志を高く評価しておられる」
元親は、眉を動かさない。
「だが」
使者が続ける。
「志と力は、別」
静かな脅しだった。
評定の席。
「受けるべきです」
声が上がる。
「今なら、土佐一国は安泰」
「四国を失っても、
生き残れます」
元親は、全員の顔を見渡した。
「生き残って、何を残す」
その問いに、答えはなかった。
夜、元親は一人、讃岐の城壁に立つ。
遠く、焚き火が連なる。
それは、敵ではない。
――天下の軍。
数も、力も、桁が違う。
元親は、ようやく理解した。
四国を取るとは、
天下に抗うことだ。
それでも。
彼は、退かなかった。
翌朝、元親は兵を集めた。
「天下は、大きい」
正直に言う。
「我らは、小さい」
兵たちは、黙って聞く。
「だが、小さいからこそ、
守れるものがある」
旗が、はためく。
天下の声は、
すでに届いていた。
次に来るのは、
言葉ではない。
元親は、剣に手を置いた。
戦は、
避けられなくなっていた。




