第三部 四国の夢 第23章 雷鳴
雷は、まだ鳴っていなかった。
だが、空気は重く、
いつ落ちてもおかしくない気配が、讃岐の野に満ちていた。
元親は、進軍の列を静かに見渡していた。
旗は、多くない。
威圧のためではなく、意志を示すための軍。
――示せば、伝わるか。
それは、賭けだった。
讃岐の境に近づくにつれ、
使者が次々と現れる。
「話し合いを」
「様子見を」
曖昧な言葉。
元親は、進軍を止めなかった。
だが、速度を上げることもしない。
――逃げ道を、残す。
それが、伊予で学んだやり方だった。
小城の一つで、緊張が走った。
「城門が閉ざされました」
報告が入る。
元親は、馬を止める。
「攻めるな」
即断だった。
「囲め。ただし、矢を放つな」
兵たちは、戸惑いながらも従う。
夜、城内から火が上がることはなかった。
代わりに、灯が消えた。
――迷っている。
その証だった。
翌朝、城主が城外へ出てきた。
「……話を」
声は、震えていた。
元親は、馬を降り、歩み寄る。
「血は、流れぬ」
短い言葉。
城主は、深く息を吐いた。
また一つ、無血の旗が立つ。
だが、その直後だった。
陣に、異様な空気が流れる。
使者が、駆け込んできた。
「畿内より!」
その言葉だけで、誰もが悟った。
「羽柴秀吉が、動き始めたとのこと」
雷が、鳴った。
空が割れ、地が震える。
まるで、天下が応えたかのようだった。
元親は、空を見上げた。
――来たか。
恐れは、あった。
だが、迷いはなかった。
この道は、自ら選んだ。
夜、元親は書状を書いた。
宛先は、羽柴秀吉。
簡潔な文だった。
「四国は、四国にて治める」
それは、宣言でもあり、
挑戦でもあった。
雷は、遠ざかる。
だが、嵐は、これからだ。
讃岐の野に立つ元親の背は、
小さく、しかし揺るがなかった。
四国の夢は、
今、天下と向き合った。




