第三部 四国の夢 第22章 踏み出すか、退くか
雨が、降っていた。
静かで、重い雨。
城の屋根を叩く音が、思考を削る。
評定の間に、沈黙が満ちていた。
讃岐を巡る議論は、何度目か分からぬ。
「今こそです」
若い家臣が声を張る。
「伊予は傾き、阿波も動けませぬ。
讃岐を取れば、四国は我らのもの」
別の声が、続く。
「天下が動く前に、です」
元親は、何も言わない。
雨音が、間を埋める。
「……殿」
年長の家臣が、慎重に言葉を選ぶ。
「秀吉は、違います」
その名が出た瞬間、空気が変わる。
「織田とは、違う。
人を、国を、丸ごと呑み込む男」
元親は、顔を上げた。
「だからこそ、四国が必要だ」
その一言に、視線が集まる。
「四国が一つになれば、
天下とも、話ができる」
それは、希望だった。
だが、賭けでもある。
夜、元親は城を出た。
雨の中、城下を歩く。
濡れた道。
灯のにじむ家々。
人々は、静かに暮らしている。
――この日常を、賭けてよいのか。
胸に、重い問いが落ちる。
丘の上で、元親は立ち止まった。
讃岐の方角に、雲が垂れ込めている。
四国は、もうすぐ手の中だ。
だが、その先は、見えない。
――退けば、夢は潰える。
――進めば、国が潰えるかもしれぬ。
鬼なら、進む。
だが、国主は?
夜明け前、雨が上がった。
雲の切れ間から、わずかな光。
元親は、決めた。
評定の席で、元親は立ち上がる。
「讃岐へ、兵を進める」
どよめき。
「だが」
元親は、手を上げる。
「奪うためではない」
視線が集まる。
「示すためだ」
――四国を、一つにする意志を。
――そして、天下に対し、
――自らの立ち位置を。
「無益な殺生は、許さぬ」
その言葉に、覚悟が宿る。
決断は、下された。
踏み出した一歩は、
もう、戻れない。
雨上がりの空に、
遠く雷が鳴った。
それは、
四国と天下が、初めて向き合う前触れだった。




