第二部 土佐の鬼 第11章 勝者の影
勝利の報せは、早かった。
長浜の戦から数日。
城下では酒が振る舞われ、太鼓が鳴り、久しぶりに笑い声が戻った。
「若殿のおかげだ」
「鬼若子、いや……鬼将だな」
その言葉は、元親の耳にも届く。
だが、胸は晴れなかった。
夜、元親は一人、城の奥で灯を前にしていた。
勝利の地図が広げられている。
奪った土地。
失った兵。
空白になった名。
――勝った。
――だが、足りぬ。
長浜は要地だが、本山氏の力を削りきったわけではない。
むしろ、敵は今、牙を隠した。
「油断は、死に繋がる」
父・国親の言葉が、脳裏をよぎる。
翌日、評定は祝いの空気を帯びていた。
「今こそ、一気に本山を叩くべきです!」
若い家臣が声を張る。
「敵は守りに入った。
畳みかければ、崩れますぞ」
別の者が続く。
元親は、黙って聞いていた。
その熱気の中に、微かな違和感がある。
焦りと、功名心。
「……待て」
元親の一言で、場が静まった。
「今、攻めれば勝てる。
だが、勝ちすぎる」
家臣たちが顔を見合わせる。
「勝ちすぎれば、周囲は必ず警戒する。
本山だけではない」
土佐は狭い。
一つが抜きん出れば、必ず他が結ぶ。
「今は、固める時です」
その言葉に、納得する者もいれば、不満を浮かべる者もいた。
――影は、内にもある。
評定後、元親のもとに密かな報せが届く。
「戦で功を立てた者の中に、不満が出ています」
理由は、分かっている。
恩賞。
「若殿は、慎重すぎる」
「鬼と呼ばれる割に、冷たい」
そんな声が、酒の席で漏れているという。
元親は、目を閉じた。
恐れていたことだ。
勝てば、次は“分配”が試される。
その夜、国親が元親を呼んだ。
「勝者は、常に疑われる」
低い声だった。
「敵からも、味方からもだ」
「……分かっております」
「だが、覚えておけ」
国親は、元親を見据える。
「疑われるのは、力がある証。
問題は――疑いに、どう向き合うかだ」
元親は、ゆっくりとうなずいた。
城の外では、秋の風が強まっている。
木々が軋み、葉が落ちる。
戦は、一つ終わった。
だが、次はもっと静かで、見えにくい戦だ。
信。
恩。
恐れ。
それらを、どう繋ぎ、どう切るか。
元親は、初めて悟り始めていた。
――戦に勝つより、
――勝ったあとに立ち続ける方が、遥かに難しい。
長浜の勝者の背後に、
静かな影が、確実に伸びていた。




