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元親  作者: 劉・小狼☆
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第二部 土佐の鬼  第10章 長浜の戦

海が、荒れていた。


 冬の土佐湾は、灰色にうねり、波は岩を噛むように打ちつけている。

 長浜――

 本山氏が押さえる海沿いの要地であり、土佐中部を繋ぐ喉元だった。


 ここを落とせば、戦は一気に傾く。


 元親は、小高い丘の上から陣を見渡していた。


 旗が風に鳴る。

 槍の穂先が、鈍く光る。

 兵たちは無言で配置につき、ただ命令を待っている。


 国親は、馬上から息子を見た。


「初の大戦だ。

 指示は、簡潔にせよ」


「心得ております」


 元親の声は、落ち着いていた。


 心が静かすぎることが、かえって怖い。

 だが、この静けさこそが、今の自分を支えている。


 本山方の陣は、堅い。

 正面は浜、背後は小高い森。

 無理に突けば、こちらが削られる。


 元親は、手を挙げた。


「弓隊、前へ。

 ただし、撃ちすぎるな」


 家臣が、眉をひそめる。


「牽制、ですな」


「はい。

 敵に“攻めてくる”と思わせる」


 矢が放たれる。

 砂浜に突き立ち、盾に弾かれ、敵陣がざわめく。


 本山方が、動いた。


「来るぞ!」


 叫び声とともに、敵が前に出る。


 ――今だ。


「左翼、回れ!」


 元親の声が、風を切る。


 森に潜ませていた兵が、一斉に動いた。

 地の利を知らぬ本山勢は、対応が遅れる。


 混乱。


 叫び。


 鉄と鉄がぶつかる音。


 元親は、馬を進めた。

 前に出すぎぬ。

 だが、見える位置に立つ。


 兵は、将の姿を探す。

 将が退けば、心も退く。


 元親は、剣を抜いた。


 振るわぬためではない。

 ここにいると、示すためだ。


 本山方の兵が、押し返そうとする。

 一瞬、形勢が揺らぐ。


「踏みとどまれ!」


 元親の声が、戦場に響く。


「ここを越えれば、道は開ける!」


 その言葉に、誰かが叫び返した。


「おおっ!」


 声が、連なる。


 刃が交わる。

 血が飛ぶ。

 砂が赤く染まる。


 元親は、一人の敵兵と刃を交えた。

 かつてのような迷いはない。


 ――斬る。

 ――生きる。


 それだけだ。


 敵が崩れ始めた。


 本山方の旗が、揺れる。

 退却の合図だ。


「追うな!」


 元親は、すぐに命じた。


「浜までで止めよ。

 深入りするな」


 勝ち戦ほど、危ういものはない。


 やがて、戦は終わった。


 潮風に、血の匂いが混じる。

 倒れた者の呻きが、波音に消されていく。


 元親は、しばらくその場を動かなかった。


 勝った。


 だが、胸に湧くのは、歓喜ではない。


 国親が、馬を寄せる。


「見事だった」


 短い言葉だが、重みがある。


「兵が、おまえを見ていた」


 それは、将としての合格を意味していた。


 元親は、静かにうなずく。


「……多くを、失いました」


「それでも、道は開いた」


 国親は、浜の向こうを見た。


「本山は、もう守りに入る。

 攻めるのは、これからだ」


 元親も、同じ方向を見つめる。


 長浜の波は、何事もなかったかのように寄せては返す。

 だが、この浜で流れた血は、確かに土佐の流れを変えた。


 その夜、陣中で囁かれた。


「若殿は、戦を知っている」


「鬼若子……いや、鬼だ」


 元親は、その声を遠くに聞きながら、剣を拭いていた。


 刃は、血を落とせば元に戻る。

 だが、人は戻らない。


 それでも、前へ進むしかない。


 土佐を一つにするために。

 この国を、守るために。


 長浜の戦は、

 元親が“将”となった戦として、

 後に語られることになる。

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