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第八話 夫婦間バトル

二人が出て行ったあとで、俺はさっきボスと出かけていった寒月がひとかじりして残していったカマボコを頂戴した。

もう俺もそのへんの猫じゃない。

バンクシーの「子猫」か、ヒカキンの猫程度のメジャーになる資格は充分あると思う。

車屋のクロなんて、もはやメじゃない。

俺はメジャーデビューを果たしたというのに、クロはローカルニュースにもなっていないのだ。

だからカマボコひと切れくらい食ったって誰にも文句を言われる筋合いはなんかあるものか。

それに、人目を忍んで盗み食いするのは猫だけの特権じゃない。

お手伝いさんなんか、奥さんが留守のときに、こっそり餅菓子を摘まんでるし、彼女だけじゃない。

ちゃんとした躾をしてると奥さんが自慢している子供達ですら同レベルだ。


四、五日前のこと。

二人の子供がやけに早く目を覚まして、ボス夫婦がまだ寝ている間に二人揃って食卓へ座った。

彼女らは毎朝、パンに砂糖をつけて食うのが習慣。

その日はちょうどシュガーポットが卓の上に置かれていて、スプーンまで添えてあった。

分けてくれる大人がいないので、姉がまずポットから一杯すくって自分の皿へ。

すると妹も同じ分量を同じ方法で皿に入れる。

しばし睨み合ったあと、姉がもう一杯すくう。妹も負けじと一杯追加。

姉がまたシュガーポットへ手を伸ばす、妹もすぐスプーンを取る。

見ている間に一杯、一杯、一杯……と積み重なり、ついには両方の皿がテンコ盛り。

ポットの中はスッカラカン。

そのとき、ボスが寝ぼけ眼をこすりながら寝室から出てきて、姉妹がせっかくすくった砂糖を全部ポットへ戻してゲームオーバー。

こういうのを見ると、人間は利己主義から割り出した「公平」という概念は猫より優れているかもしれない。

でも知能は猫より劣っているようだ。

そんなに山盛りにする前に、さっさと舐めてしまえばいいのに。

もちろん俺の言葉は通じない。

だから俺は黙って見物しているだけなのさ。


元生徒である寒月と出かけたボスは、どこをほっつき歩いていたのか分からないが、夜遅くに帰宅。

翌朝、食卓についたのは九時頃だった。

俺はいつものように人間ウォッチング。

ボスは黙って雑煮を食っている。

お代わりしては食い、お代わりしては食う。

餅を六つか七つは食っていた。

満腹になったのか最後の一切れを残して箸を置く。

他人がそんなことをすれば怒るくせに、自分は大したことがない威光を振り回して平気なのだ。

濁った汁の中に残った焦げた餅の残骸を見ても、何事もなかった顔だ。

すると奥さんがいつもの胃薬を持ってきて卓に置いた。

「それは効かないから飲まん」

ボス、即行拒否。

「でもデンプン質には大変効果があるそうですよ」

奥さんは勧める。

「デンプンだろうが何だろうがダメだ」

ボス、頑固。

「あなたはほんとに飽きっぽいわね」

「飽きっぽいんじゃない、効かんのだ」

「この前は効く効くって毎日飲んでたじゃありませんか」

「こないだは効いた。この頃は効かない」

……まるでプロレスの張り手の応酬。

奥さんは「辛抱が足りないと胃弱は治らない」と言うと、お手伝いさんもリングに乱入、ボスに伝家の宝刀アックスボンバーをお見舞いする。

「そうでございます。もう少し続けてみないと善い薬か悪い薬か分かりません」

モロに食らったボス、たまらず逆ギレ。

「何でもいい、飲まんと言ったら飲まん。女に何が判る。黙れえー!」

「どうせ女ですよ!」

奥さんはボスの目の前にグイっと凶器の如く胃薬を突き付けて強引に飲まそうとする。

倍の戦力差では不利と悟ったのか、ボスは何も言わず立ち上がり、リングを飛び降り一目散に書斎へ逃走した。

奥さんとお手伝いさん、顔を見合わせハイタッチ。

こんなときにボスの後をついて膝に乗ると痛い目に遭うのは定期だ。

俺は庭から回って書斎の縁側へ。

障子の隙間から覗くと、ボスは「エピクテトス」とかいう舌を噛みそうな哲学者の本を開いていた。

もし理解できているならちょっと偉いが……五、六分で本を机に叩きつけて放り出す。

やっぱりそんなものだろうと思いながら見ていると、今度は日記帳を出して何やら書き始めた。


『――寒月と一緒に根津から上野、池の端、神田あたりを散歩した。

池の端の待合所の前では、芸者が裾模様の春着をまとって羽根つきをしていた。

衣装は華やかで美しい。……が、顔は残念。何となくうちの猫に似ていた』


……いやいや、顔のまずい例にわざわざ俺を出さなくてもいいだろ。

俺だって床屋に行って顔を剃ってもらえば、人間とそんなに違わない……はず?

人間はこうやって自惚れているから困るんだ。


『角を曲がると、また一人芸者が現れた。背がすらりとした撫肩で、ウホッ!いい女。薄紫の着物を素直に着こなしていて、上品に見える。こちらに向かって白い歯を見せて笑いながら

「あーら源ちゃん、昨夜は……あら……忙しかったもんだから」と話をごまかした。

ただし、その声は男そのもの。スケベ心も息子も一気に萎えた。源ちゃんなる人物が誰か振り返って確認しようとしたが、もしも誰もいなかったらと思うと恐ろしくなり、そそくさと御成道へ。寒月は何となくそわそわしているように見えた。彼にあちら系の趣味があるのかと思うと貞操の危機を感じた』

……ワロタ。

――人間の心理ほど分かりにくいものはない。

今のボスは怒っているのか、浮かれているのか、ニーチェに救いを求めているのか。

世の中をあざ笑っているのか、人と交わりたいのか。

くだらないことで怒っているのか、平然としているのか。

さっぱり見当がつかない。

猫はそこへ行くと単純だ。

食いたければ食う、寝たければ寝る。

怒るときは全力で怒り、泣くときは咽び泣く。

だいたい日記なんてのは絶対につけない。必要がないからだ。

人間は裏表があるから、日記でも書いて世間に出せない自分の面目を保つ必要があるのだろう。

だが俺たち猫族にとっては、食う、寝る、怒る、泣く、ウ〇コする――そのすべてが真の日記だ。

わざわざ面倒な手間をかけて面目を保つ必要なんてない。

日記をつける暇があるなら、縁側で寝ている方がずっといい。

今回の話もかなりイジっています。

原作では寒月に、あちら界隈の趣味はありません。

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