第六話 年賀状
第2章
新年を迎え、どうやら俺はちょっと有名になったらしい。
猫でも悪くない気分。
元旦早々、ボスのところに一枚の絵ハガキが届いた。
年賀状ってやつだ。
送り主はボスの知り合いの画家。
上半分は真っ赤、下半分は深緑。
その真ん中に、動物がうずくまっている姿がパステルで描かれている。
ボスは書斎でその絵を、横から見たり縦から眺めたり。
「いい色だな」なんて感心している。
うん、と一度うなずいたからもう終わりかと思ったら、また横から、縦から。
体をねじったり、鼻先まで持ってきたり、まるで当たらない占い師が人相を診ているようだ。
……頼むからやめてくれ。グラグラ膝が揺れて危なくてたまらん。
ようやく落ち着いたと思ったら、小声でつぶやいた。
「いったい何を描いたんだ?」
どうやら色は気に入ったものの、描かれている動物の正体が分からないらしい。
……いやいや、ずっと悩んでいたのはそれかよ!
俺は半分寝ぼけながら目を細めて見てみた。
紛れもなく俺の肖像だ。
描いたのが画家だけに形も色もちゃんと整っていて、誰が見ても猫。
ちょっとでも絵心のある奴なら「他の猫じゃなくて俺だ」と分かるくらい立派な出来ばえだ。
それを分からずに苦心しているボスを見ると、苦労して描いた人が気の毒になる。
出来ることなら「それ、俺だよ!」って教えてやりたいくらいだ。
俺だと分からなくても、せめて「猫」だってことくらいは分かってやれよ。
でも人間ってやつは、猫の言葉が理解できるチート能力を与えられていない。
残念ながら、俺は黙って見ているしかなかった。
――ここでちょっと世間のニキ達に言っておきたいことがある。
人間ってやつは、猫を語るときにやたら馬鹿にしたような言葉を使うときがある。
「猫なんて牛や馬のウ〇コから出来ている」――なんて本気で考えてる教師もいるくらいだ。
誰とは言わないが。
いやいや、無知を棚に上げて偉そうな顔をするのはみっともないにも程があるぞ。
猫だって、そんなチープな作りじゃない。
外から見れば「どの猫も同じ」に見えるかもしれないが、猫社会に入ってみれば十猫十色。個性の塊。
目つき、鼻の形、毛並み、歩き方――全部違う。
髭の張り具合、耳の立ち方、尻尾の垂れ具合に至るまで、同じものは一つもない。
器量も性格も好みも千差万別。
人間界の「十人十色」って言葉は、そのまま猫にも当てはまるんだ。
なのに人間は、上ばかり見てトリップしてるから、俺たちの顔つきや性格の違いなんて全然分からない。
まあ、気の毒といえば気の毒だ。
昔から「餅は餅屋」って言葉があるけど、まさにその通り。
猫のことは猫にしか分からない。
人間がどれだけ進化したって、ここだけは絶対に理解できないと思う。
だって実際、人間は自分で思ってるほど偉くないんだから。
まして俺のボスなんて、同情心ゼロ。
「愛とは互いを理解すること」なんて言葉すら知らない男なのだ。
書斎に海のカキみたいにペッタリへばりついて、世間に向かって口を開いたこともない。
それでいて「俺は悟ったぞ!」みたいな顔をしてるんだから草生えるwww。
全く解脱してない証拠は目の前にある。
俺の肖像画を見ても少しも気付いた様子がない。
「これは熊の絵だろう」なんて、的外れなことを言ってポーカーフェイス。
……いやいや、どう見ても猫だろ。しかも俺だよ!
俺がボスの膝の上でウトウトしながら考えごとをしていると、お手伝いさんが二枚目の絵ハガキを持ってきた。
見れば、毛の長い猫が四、五匹ずらりと並んでる。
ペンを握ったり、本を開いたり、勉強している。
そのうち一匹は席を離れて机の角でマイケルジャクソンの如く、腰を振り振りムーンウォーク。
……いや、何そのカオス。
さらに「吾輩は猫である」と書かれていて、横には俳句まで添えてある。
「書を読むや 踊るや猫の 春一日」
……俺ネタじゃね?
これ、ボスの元生徒からの年賀状らしい。
誰が見ても意味は一目瞭然。
なのにボスは首をひねって「今年は猫年かな?」とか言ってる。
……いやいや、俺がメジャーデビューしたっていうのにまだ気づいてないのか? ニブいにも程がある。
そこへお手伝いさんがまた三枚目のハガキを持ってきた。今度は絵じゃなく文字。
「謹賀新年」と書いてあって、横に「あの猫へよろしくお伝えください」と書いてある。
ここまでモロだとボスもようやく気づいたらしい。
「フン」と言いながら俺の顔を見てきた。
その目つきが今までと違って、ちょっと尊敬を含んでいるように見えた。
……当然だろ。
今日まで世間から存在を認められなかったボスが急に有名になったのは、完全に俺のおかげ。
この程度のリスペクトは当然だろ?




