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第四十話 泥棒君捕まる

今日も暇が下駄をはいて歩いているような金縁メガネの迷亭が、例によってボスを相手に猫にとってはどうでもいい談議に花を咲かせてた。

そこに、玄関から大きな音を立てて扉が開く音が聞こえてきて、重そうな靴の音が二足分ほど響いたと思ったら「御免、御免」としきりに誰かが謝ってる。

主人の尻の重さと違って迷亭はとんでもなく尻軽な男なので、お手伝いさんが出迎える前に、「どうぞ」と言いながら、脱兎のごとく玄関に飛び出していく。

……おいおい、いつからお手伝いさんになったんだ。

本来、客であるはずの金縁メガネが、玄関に出向いているのに、さすがはボスだ。

座布団の上でデーンと構えて少しも動く気配がない。

当の金縁メガネはというと、何やらガヤガヤと話していたと思ったら、

「おい御主人、ちょっと出てくれ。君じゃないと駄目そうだ」と大きな声でボスを呼んだ。

仕方なくボスが袖に両手を突っ込んで、のそのそ部屋から出てきてみると、金縁メガネは、しゃがんだまま一枚の名刺に向かってしきりに頭を下げていた。

名刺には警視庁刑事巡査 吉田虎蔵と書いてある。

……いやいや、権力にはてんで弱いなこの男。

そのトラゾー君と並んで立っているのは二十五、六歳くらいの背の高いイケメン君。

何故か、ボスと同様に手を突っ込んだまま、無言で突っ立っている。

どこかで見たような顔だと思ってよーく見てみると、見たようなどころじゃない。

以前、深夜にお出ましになった泥棒君じゃないか。

……おいおい、今度は白昼堂々、玄関からかよ。

「このお方は刑事巡査だ。泥棒を捕まえたから、君に署まで出頭しろと言うので、わざわざおいでになったんだよ」

ボスはようやく刑事が自分のアジトに踏み込んだ理由が分ったらしく、泥棒の方を向いて丁寧に頭をさげた。

泥棒の方がトラゾー君より偉そうな態度かつイケメンなので、こっちが刑事だと勘違いしたらしい。

泥棒もビックリしただろうけど、まさか自分が泥棒ですよと言うわけにもいかず、手を突っ込んだまま、ポーカーフェイス。

巡査はニヤニヤしながら「あした、午前九時までに署まで来て下さい。盗難品は何でしたかね」

猫以下の記憶力しか持ち合わせのないボス、「盗難品は……」と言いかけたが、やっぱり大抵のことは忘れてる。

覚えていたのは山芋だけ。

山芋なんかどうでもいいけれど、言いかけてあとが続かないのもカッコ悪い。

他人の物ならともかく、自分のが盗まれて覚えてないのもどうかと、出てきた言葉が「盗難品は……山芋一箱」

泥棒はオオウケだったのか、下を向いて必死に笑いを堪えてる。

金縁メガネはアハハハと笑いながら「山芋がよほど惜しかったと見えるね」

でも巡査だけは意外と真面目。

「山芋はなかったが他の物はほとんど戻せるようです。まあ署に来たら分るでしょう。印鑑を忘れずに持ってきなさい。九時までに日本堤分署です。それじゃ、さようなら」と言い残し、泥棒君を引き連れて帰って行った。

警察という権力に恐れ入りつつも、ボスは不満顔で金縁に食って掛かる。

ボス「君は誰にでもああいう態度をしてるといいのに、巡査だけに丁寧な態度というのもどうなんだ」

金縁「だってせっかく知らせに来てくれたんじゃないか」

ボス「あちらは商売、普通にあしらってりゃ十分だろ」

金縁「でもただの商売じゃない」

ボス「そう、ただの商売じゃない。ムカつく商売さ。普通の商売より下等だね」

金縁「そんな事を言うと、えらい目に逢うぜ」

ボス「じゃあ刑事の悪口はやめだ。しかし刑事を尊敬するのはまだしも泥棒を尊敬するのには、驚いたぞ」

ボス「誰が泥棒を尊敬した?」

金縁「君だろ」

ボス「泥棒に知り合いなんていないぜ」

金縁「だって泥棒にお辞儀をしたじゃないか」

ボス「いつ?」

金縁「たった今」

ボス「何言ってんだ。あれは刑事だぞ」

金縁「刑事があんな恰好しているもんか」

ボス「刑事だからあんな恰好するんじゃないか」

金縁「頑固だな」

ボス「君こそ頑固だ」

金縁「刑事が人前で袖に手を突っ込んでいるのか?」

ボス「刑事だからしないとは限らん」

金縁「君がお辞儀をする間、ずっとあいつは突っ立っていたんだぞ」

ボス「刑事だからな。そのくらいの事はあるかもしれん」

金縁「いくら言っても聞く気がないな」

ボス「聞かないよ。君は泥棒がはいるところを見てないんだから。意地を張ってるだけだ」

ここに至って、さすがの金縁メガネも、どうにも救いがたい男と思ったのか黙りこんでしまった。

主人は久し振りに金縁に勝ったと思って得意満面。

でもボスは金縁より偉くなった気でいるが、相手からすると、ただ評価を落としているだけ。

世の中こんな事はよくある。

意地さえ張り通せば勝った気でいるうちに、人間としての相場は下落の一方だ。

不思議な事に本人は死ぬまで自分は面目を保ったつもりだろうけど、以後軽蔑の眼差しでまともに相手にしてくれないとは夢にも思わない。

頑固者の幸せとは、そういうことじゃないかな。

こういうを豚的幸福とかいうらしい。

金縁「あした行くつもり?」

ボス「行くさ、九時までに来いと言ってたから、八時から出て行く」

金縁「行くのはいいが道を知ってるのか」

ボス「知らない。車に乗って行けばいいじゃないか」

金縁「ハハハ日本堤分署と云うのはね、ただの所じゃないぞ。吉原だよ」

ボス「何だ?」

金縁「吉原だよ」

ボス「あの遊廓のある吉原か?」

「そうさ、吉原と言えば、東京に一つしかないぞ。ついでに行って見る気はあるか」と金縁君が先程の仇を取ろうと、からかい始める。

ボスは吉原と聞いて、なにやら迷っていたが思い返したのか「吉原だろうが、遊廓だろうが、行くと言った以上、必ず行く」と妙に力んでみせた。

……バカは妙なところに意地を張るんだよな。

金縁君は「まあ面白いから、じっくりと見て来こいよ」と言い放った。

こうして泥棒事件は一件落着。

このあと金縁迷亭は頑固者のボス相手に無駄口を叩き続け、遅くなると伯父に怒られると言って帰っていった。

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