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第三十六話 大正時代のガジェット

ボスがふらふらと書斎から出てきた。”俺の昼寝を邪魔すんな”オーラ全開で、煙草をスパスパ。

そこへ目に入ったのが金縁メガネの新しい帽子。

「君、帽子を買ったね」と呟いた瞬間、待ってましたとばかりにドヤ顔で披露開始。

奥さんが「まあ奇麗だこと」と撫で回すと、「この帽子は重宝ですよ、どうでも言うことを聞きますからね」と高らかに宣言。

ゲンコツで横っ腹ぶん殴ったら穴あくし、裏から押せばトゲるし、潰せばソバみたいにペッタンコ、巻けばヨガマットみたいにコンパクト収納。

懐からマジックみたいに出せるし、最後に尻もちついても壊れないとかチートすぎの性能を披露する。

奥さんは「マジ不思議〜」って顔で感心してて、旦那はガチ心配顔。

なのに金縁だけは「壊れないのが逆におもろいやろ」ってツラでドヤってる。

……俺から見りゃ、これは文明の見世物だ。

耐久性を誇る帽子は、まるで現代の“壊れないスマホケース”や“折り畳みガジェット”の広告そのもの。

人間は壊れないことを奇跡のように讃え、消費を正当化する。

だが結局は“壊れないから買う”のではなく、“壊れないと信じたいから買う”。

文明の消費は信仰に近い。

奥さんがボスに「あなたもあんな帽子を買ったらいいでしょう」と勧め始めた。

……通販番組のセールストークかよ。

ボスは「いや俺は立派な麦藁帽子を持ってる」と抵抗するが、奥さんは「小供が踏み潰してしまったんです」とゴリ押しする。

壊れたら即“買い替え推奨”。これぞ消費社会の鉄則。

チート帽子の値段も知らずに「これになさいよ」と勧告する奥さん。

値札を知らぬままブランドを推すあたり、現代の“インフルエンサー消費”と同じ構造だ。

中身よりラベル、耐久性よりイメージ。

そこへ金縁メガネが赤いケース入りの鋏を取り出して「奥さん、この鋏は十四通りに使えるんです」と披露。

帽子から鋏へ、消費のターゲットを即座に切り替える。

まるで最新ガジェットのプレゼン。

多機能を売り文句にして、用途不明でも“便利そう”と信じ込ませる。

ボスは帽子責めから逃れ、奥さんは好奇心に釣られて鋏へ視線を移して「その鋏がどうして十四通りに使えるんですか」と聞いた途端、金縁メガネは待ってましたとばかりに大得意。

「いいですか、ここに三日月形の欠け目があるでしょう。ここで葉巻を切るんです。それから根の細工で針金をポツポツやる。紙の上に置けば定規、裏には目盛りで物差し、表にはヤスリで爪磨き――万能ツールですよ!」とまるで深夜通販番組のMC。

さらに「リベットに刺し込めばハンマー、突き込めば箱の蓋も開く、刃先は錐、字消しにもナイフにもなる。そして最後が面白い――ここに蠅の眼玉くらいの球があるでしょう、覗いてご覧なさい」と奥さんに渡す。

奥さんは半信半疑で覗き込み、「まあ写真ですねえ!」と驚く。

そこに見えるのは裸体美人。

ボスも見たくてたまらず「俺にも見せろ」と食って掛かるが、奥さんは「まあ待っていらっしゃいよ、美しい髪、腰まであるわ、背の高い女だこと」と夢中。

ボスは苛立ち、奥さんは余裕の「おまちどうさま」。

……まるで中学生が拾ったエロ本の優先権争いだな。

丁度そこにお手伝いさんが出来上がったソバをセイロに入れて持ってきた。

金縁メガネは「これが僕の自弁の御馳走ですよ」とわざわざ丁寧に頭を下げてソバを取り出す。

真面目なのかふざけてるのか分からないモーションに、奥さんも困って「さあどうぞ」としか返せない。

ボスは熱心に眺めていたエロ写真からようやく目を離して「君、この暑いのにソバは毒だぜ」と忠告するが、金縁メガネは「好きなものは滅多にアタらない」とセイロを開ける。

薬味をツユにぶち込み、ワサビをこれでもかと投入。

主人が「辛いぞ」と心配しても「ソバはツユとワサビで食うもんだ」と一蹴。

そしてソバを高々と掲げて「初心者はツユをつけすぎて味が分からない。こう、ひと口でガッとすくって、そのまま一気に飲み込むのが流儀だ」と講釈を垂れる。

長いソバを空中に吊るし上げ、奥さんに「どうです、この長さ加減」と相槌を強制。

奥さんも「長いものでございますね」と感心顔。

しかし茶碗のツユは八分目。

ソバを浸すとアルキキメデスの理論よろしく溢れそうになり、箸は15センチ上で停止。

金縁メガネは一瞬ためらうが、次の瞬間、速攻で口を突き出してツルツルと飲み込み、涙が頬を伝ってゆく。

ワサビのせいか、無理な飲み込みのせいかは不明だ。

ボスは「感心だな」とリスペクト、奥さんも「御見事ですことねえ」と激賞。

金縁メガネは胸を叩きながら「ソバは三口半で食うもの。手数を掛けちゃ旨くない」と締めた。

……それは、貴方の感想ですよね。そのエビデンスは何処にあるんですか?

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