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第三十五話 猫の経済論理学

こんなに暑けりゃ俺の専売特許の昼寝もできやしない。

なんかないかなって思って、久々に人間ウォッチングでもやろうかと考えたんだが――残念ながらうちのボス、猫に近すぎる性分である。

昼寝は俺に負けないくらいやるし、夏休みが終わってからは人間らしい仕事なんて一つもしてない。

観察する価値ゼロ。

たまには文明社会の縮図を見せろよって言いたいくらいだ。

こういう時に金縁メガネの迷亭でも来てくれりゃ、俺も人間観察モードに切り替えられるんだがな。

そろそろ来てもいい頃だろうと思ってたら――風呂場からザーザーと水浴びの音。

しかも声まででかい。

「いや結構!」「どうも良い心持ちだ!」「もう一杯!」って、まるで居酒屋の掛け声を風呂場で再現してるみたいに家中に響き渡る。

ボスの家でこんな騒々しい声と無作法をやらかす奴なんて一人しかいない。

そう、金縁メガネに決まってる。

文明人ぶってテンパっている人間社会を観察しようと思った矢先に、結局現れるのは“騒音と無作法の化身アバター”。

俺の昼寝はまた奪われたが、まあこれも人間観察の一環ってことにしておくか。

これで今日半日は退屈しのぎになる――そう思った矢先、相変わらず金縁メガネが汗を拭きながら肩で風切って座敷にズカズカ上がり込んできた。

「奥さん、苦沙弥君はどうしました?」と言いつつ、帽子を畳にポイッ。

……文明人の礼儀を投げ捨てる実演ショーか?

奥さんは隣で針箱に突っ伏して昼寝中。

そこへガンガン響く声が鼓膜を直撃、奥さんがびっくりして半分寝ぼけ眼を無理やり見開いて座敷へ出てくると――金縁は部屋に勝手に陣取り、扇をパタパタ。

「おや、いらっしゃいまし」と奥さんは焦り気味に挨拶しつつ、鼻に汗を光らせている。

「いや今来たばかりでね。風呂場でお手伝いさんに水を掛けてもらってようやく生き返ったところですよ。暑いじゃありませんか」と金縁。

奥さんも「この両三日はじっとしてても汗が出るくらいで…」と返すが、鼻の汗は拭かないまま。

猫ならば舌でペロリと舐めとればいいが、人間ではそうはいかないらしい。

「昼寝?いいですよ。昼寝られて夜寝られりゃ最高だ」とノンキに並べ立てる金縁だが、それだけじゃ足りないらしく、「俺なんざ寝たくないタチでね。苦沙弥君みたいにいつも寝てる人を見ると羨ましいですよ」と続ける。

続けて金縁メガネは、昼寝を“死の分割払い”だなんて言い出す。

「毎日少しずつ死んでるようなもんですぜ」って、まるでライフハック記事の見出しみたいな軽口。

奥さんも「ほんと困ります、体に悪いばかりです」と同調するけど、俺から見りゃ人間社会そのものが“健康に悪い習慣”をブランド化して売りつけてるようなもんだ。

胃弱だの首が重いだの、結局は“首を肩に載せてるのが面倒”とか言い出す。

……いや、それ自然の仕様だから。

外せないパーツをグチるあたり、人間のゼータク病もここまで来たかって感じだ。

金縁メガネってやつは、ほんと人間の“常識”を屋根の上から投げ捨てる天才だ。

昨日は屋根瓦で玉子のフライをしたって奥さんに自慢してた。

「瓦が見事に焼けてたから、ただ置くのも勿体ないと思ってね」って、いやいや、文明の浪費を屋根で実演するなよ。

バター溶かして玉子落とすとか、もはや料理というより“気候実験”。

結果?半熟どころか流れ落ちて地面に消滅。

人間の知恵ってやつは、こうして“忘却”と“浪費”の二刀流で消えていくんだな。

奥さんは「マジか!」て顔で感心してたけど、俺から見りゃ“文明の無駄遣いに拍手喝采”だ。

で、話はすぐ食事にすり替わる。

金縁メガネは「僕はまだ御飯をいただいてないんですよ」と空腹アピール。

奥さんが慌てて「御茶漬でも」と提案すると、「いや御免です、途中で御馳走を買ってきましたからここでいただきますよ」とソバの持ち込み宣言。

これ、現代ならコンビニ袋をドヤ顔で広げるようなもんだ。

奥さんの「まあ!」には驚き、不快、そして“手間が省けてありがたい”という矛盾が全部詰まってる。

……いや、どんな感情フルコースだよ。

哀れ、持ち込みを図ったソバは、釜茹での刑に処されるためにお手伝いさんに連行されていった。

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