第三十四話 猫はつらいよ
第六章
暑すぎてもうダメだ。
猫の俺ですら、人間社会の熱中症患者みたいに倒れそうになる。
皮を脱いで肉を脱いで骨だけで涼む――なんてイギリスのシドニー・スミスが言ったらしいけど、あれ、案外正しいんじゃ?
俺もこの毛皮、質屋にでも入れて“夏用軽装”に着替えたいくらいだ。
でも人間って、俺ら猫を「年中同じ顔で同じ毛皮、シンプルライフ」とか勝手にラベル貼ってるんだよな。……ワロス。
お前らこそ、暑い寒いに振り回されて、衣替えだのバーゲンだのに血眼になってるじゃないか。
俺から見りゃ“季節ごとに布を積み木みたいに重ねる奇妙な生物”だ。
食い物だってそう。
生で食えるものをわざわざ煮て焼いて漬けて味噌まで塗って「うまい!」って悦に入る。
いや、それ手間の無駄遣いだろ。
まるで“余計な工程にこそ文明の証がある”って信じ込んでる宗教みたいだ。
結局、人間はゼ-タクを「文化」って呼んで正当化してる。
俺はウチワも握れないし、クリーニングにも出せないから、この毛皮で汗だくのまま夏をやり過ごすしかない。
でもな――その不便さが、逆に俺を人間より自由にしてるんじゃないの?
ゼータクの檻に閉じ込められた連中を横目に、俺は今日も“汗まみれの自由”を満喫してるわけだ。
いやさ、人間ってほんとゼータクの化け物だよな。
羊に世話になり、蚕に寄生し、綿畑にまでお情けもらって服をこしらえる。
俺から見りゃ無能の結果をゼータクって呼んでるだけだ。
衣食はまあ生存に直結するから大目に見てもいいとして、頭の毛までいじり倒すのは理解不能だ。
自然に生えてくるもんを放っときゃ一番簡単で本人のためになるのに、無理して仕込んだ イタいファッション決めてドヤっている。
坊主だの自称して頭を青くしてる奴がいるかと思えば、暑いと日傘、寒いとニット帽。
じゃあ何のために青くしてるんだよって話だ。
ヘヤコームなんてノコギリみたいな道具で毛を左右に分けて喜んでる奴もいるし、七三分けだの区画整理だの、まるで頭蓋骨に土地割りしてるみたいだ。
さらに脳天を平らに刈って五分刈、三分刈、一分刈…しまいには“マイナス三分刈”とかいう最先端ヘヤーが出てもおかしくない。
そんな廃人プレイして何が楽しいんだ?
足だって四本あるのに二本しか使わない。
残り二本は、ヘチマのように、ただぶら下げてるだけ。
これで「省エネ進化」とか言うんだからメシ噴くぜ。
要するに人間は猫より暇で、退屈しのぎにイタズラを考案しては“カルチャー”って看板を貼ってるだけだ。
しかもその暇人が「多忙だ多忙だ」と触れ回って、顔まで多忙に食い殺されそうな色してる。
自分で用事を量産して「苦しい苦しい」と泣き言。
まるで自分で火を焚いて「暑い暑い」と騒いでるようなもんだ。
俺を見て「あんな風に気楽でいいな」とか言う奴もいるが、気楽になりたいなら勝手になればいい。
誰も頼んでないのに自分でセコセコしてるだけだろ。
気楽になりたければ俺みたいに夏でも毛皮を着て通す我慢大会をすればいい。
――まあ、正直言うと熱すぎて地獄案件なんだけどな。




