第二十九話 警察案件
……おお、朝からイベント発生。NPC巡査登場だ。
巡査「それでは、ここから入って寝室へ回ったんですな。あなた方は睡眠中で気がつかなかったんですな」
「ええ……」とボスは少し極まり悪そう。
巡査「それで盗難に遭ったのは何時頃ですか」
……いやいや、それ分かるなら盗まれてないだろ。無理ゲー質問だ。
ボス夫婦は相談を始める。
「何時頃かな」 「そうですね……」と奥さんは考える。
……考えれば分かると思ってるらしい。
巡査「あなたは夕べ何時に休まれましたか」
ボス「俺が寝たのはお前より後だ」
奥さん「ええ、私の寝たのはあなたより前です」
……俺が寝たのは、コソ泥が出ていった後だ。
巡査「眼が覚めたのは何時だったかな」
ボス「七時半かも」
巡査「すると盗賊が入ったのは何時頃になるかな」
奥さん「それは夜中でしょう」
巡査「夜中は分りきっているが、何時頃かと云うんだ」
奥さん「たしかなところはよく考えてみないと分りませんわ」
……いや、巡査はただ形式的に聞いてるだけなんだよ。嘘でも適当に答えればいいのに、夫婦そろって要領を得ないこの問答。NPC巡査のイライラゲージ上昇中。
巡査「それじゃ盗難の時刻は不明なんですな」
ボス「まあ、そうですな」
人間って、盗まれても時間すら分からん。アホすぎる。イベントログにも記録はない。
巡査、笑いもせずに淡々と告げる。
「じゃあね、『明治三十八年何月何日、戸締りして寝たところ盗賊が雨戸を外して忍び込み、品物を何点盗んで行ったから右告訴に及び候也』という書面を出してください。届じゃなくて告訴です。宛名はない方がいい」
ボス「品物をいちいち書くんですか」
巡査「ええ、羽織何点、代価いくら、って表にして出すんです」
巡査は「いや いや、タンスを見たって仕方がない。盗られたあとなんだから」と呑気なことを言って帰って行った。
……NPC巡査、被害者の心情とか一切考慮なし。シナリオ進行だけが目的だったのか。
――結論。 人間社会の盗難処理は、盗まれた物よりも書類の方が大事らしい。
ボス、座敷の真ん中に硯を持ち出す。
奥さんを前に呼びつけて「これから盗難告訴を書く。盗られたものを一々言え。さあ言え!」と喧嘩腰。
……さあ夫婦喧嘩RPGの開幕だ。
奥さん「そんな権柄ずくで誰が言うもんですか!」と反乱の狼煙。
――そうこうしているうちに品物リスト化イベント開始。
帯、羽織、足袋、山の芋。 値段をめぐって夫婦が延々と論争する。
ボス「帯が六円? 高すぎる。次から一円五十銭の帯にしろ」
奥さん「そんな安い帯なんかあるもんですか!」
……値段交渉が買い取り店より厳しい。一円五十銭じゃ初期装備アイテムも買えそうにない。
――山の芋。
ボス「十二円五十銭くらいにしておこう」
奥さん「馬鹿馬鹿しい! 山の芋がそんな値段するわけない!」
……芋の価格で夫婦喧嘩。経済シミュレーションゲーム突入か。
――そして謎のワード。
ボス「それだから貴様はオタンチン・パレオロガスだ」
細君「何ですって!」
……出た! 謎の呪文。パルプンテの親戚か?
奥さんは意味を聞きたがり、ボスは「意味も何もない」と突っぱねる。
夫婦はついに「告訴を書かない」「品数を教えない」と互いに拒否。
……盗難告訴クエスト、完全に失敗。夫婦喧嘩ルートに分岐。バッドエンド確定だ。
――結論。 人間は盗難よりも、言葉遊びと意地の張り合いに夢中になる。
コソ泥より強敵は夫婦喧嘩。これが人間社会における真のラスボス戦だな。
――ボスは「もういい」とプイッと立って書斎へ。
奥さんは茶の間へ引き下がり、針箱の前に腰を下ろす。
……あっというまに夫婦喧嘩イベント終了。だが後味の悪さは、いつ解けるかも分からないデバフ状態。
両人とも十分間ばかり、何もせずに黙って障子を睨みつけている。
まるでラスボス戦前のロード画面だな。




