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第二十七話 真夜中の侵入者

第5章


一日の出来事を全部書いて、全部読むのに丸一日かかる──そんな無茶な挑戦、猫の俺には到底ムリゲーだ。

ボスが四六時中、妙な言動を繰り返してるのは事実なんだが、それをいちいち報告する義務は俺にはない。残念だけど仕方ない。だって猫にもオフは必要なんだよ。

だから俺はノソノソと小供の布団の裾へ回り込み、心地よく眠る。

ふと目を開けてみると──おいおい、ボスがいつの間にか書斎から寝室へ移動して、奥さんの隣の布団に潜り込んでやがる。

しかもいつものクセで、寝るときは必ず横文字の本を抱えてくるんだ。

けどな、二ページ以上続けて読んだ試しがない。ひどいときは枕元に置いただけで一行も読まない。

だったら持ってくる意味ないだろって思うんだが、そこがボスのボスたるゆえんである。

奥さんに笑われても「やめろ」と言われても絶対にやめない。

毎晩読まない本をご苦労にも寝室まで運んでくる。

欲張って三、四冊抱えてくることもあるし、この前なんか百科事典まで持ってきたくらいだ。

どうやらボスにとって本は読むものじゃなくて、眠りを誘う装置らしい。まさに「活字の睡眠薬」ってやつだ。

今夜も何かあるだろうと覗いてみると、赤い薄い本がボスの口ひげの先に引っかかる位置で半分開いたまま転がっている。

左手の親指がページに挟まってるところを見ると、珍しく五、六行は読んだらしい。

一方の奥さんはというと、乳飲み子を放り出して、口を開けていびきをかきながら寝ている。

いや、人間ってやつは口を開けて寝るほど見苦しい姿はないんじゃないかと思う。

猫は生涯そんな恥をかくことはない。口は音を出すための、鼻は呼吸のための道具だからな。

北の方じゃ鼻を使って喋る「ズーズー弁」なんてのもあるが、鼻を塞いで口呼吸するのはそれ以上に見苦しい。

だってさ、もし天井からネズミの糞でも落ちてきたらヤバイだろ。


――草木も眠る丑三つ時。

台所の雨戸にトントンと二度ほど軽く当たる音がした。

はて、こんな時間に人が来るはずもない。大方いつものネズミだろう。ネズミなら捕まえないことに決めてるから、勝手に暴れてくれて構わない。

――と思ったら、またトントン。どうもネズミっぽくない。しかも用心深すぎる。

ボスの家のネズミは、まるでヤンキー学校の生徒みたいに昼夜問わず乱暴狼藉に余念がない。

主人の夢をブチ壊すのを天職と思ってる連中だ。

そんな奴らが遠慮するわけない。だからこれはネズミじゃない。

だってこの前なんか、ボスの寝室にまで侵入して、ボスの鼻の頭をガブッとカジって勝ち誇って帰ったくらいだ。

そんな大胆なネズミにしては臆病すぎる。決してネズミじゃない。

今度はギーッと雨戸を下から持ち上げる音がして、腰障子をゆっくり溝に沿って滑らせる。

いよいよネズミじゃない。人間だ。

深夜に侵入してくる人間といえば、金縁メガネや鈴木君じゃあるまい。

これはもう噂に聞く泥棒さんに違いない。そうなら早くそのツラを拝んでみたいもんだ。

コソ泥は勝手口に土足のまま二歩ほど進んだらしい。

三歩目で段差につまずいたのか、ガタリと音を立てた。

俺の背中の毛がブラシで逆に擦られたみたいにゾワッとする。

しばらく足音は止まった。

ボス夫婦は夢の世界にログイン中。

やがて台所でマッチを擦る音が聞こえた。

どうやらコソ泥でも俺ほど夜目は利かないらしい。

この時、俺はうずくまりながら考えた。

コソ泥は勝手口から茶の間へ出てくるのか、それとも左へ折れて玄関を抜け、書斎へ向かうのか──。

足音が襖の音と一緒に縁側へ移動した。いよいよ書斎に入ったらしい。それっきり音も沙汰もない。

その間に俺はようやく「ボス夫婦を起こさなきゃ」と気づいたんだが、さてどうやって起こすかが分からない。

パソコンの実行中カーソルみたいに考えがグルグル空回りするだけで、アイデアは出てこない。

布団の裾をくわえて振ってみたが、効果ゼロ。

冷たい鼻を頬に擦り付けてみたらどうだろうと試したら、ボスは眠ったまま手を伸ばして俺の鼻先を思い切り突き飛ばした。

鼻は猫にとっても急所だぞ、痛てえったらありゃしない。

仕方ないから「ニャーニャー」と鳴いて起こそうとしたが、この時ばかりは喉に何か詰まったみたいで声が出ない。

ウーと低い鳴き声をやっと絞り出したら突然コソ泥の足音が再び響き始めた。

ミシミシと縁側を歩いて近づいてくる。

いよいよ来たな──もうダメだ、と諦めて、俺は襖と衣装箱の間に身を潜め、じっと成行きをうかがうことにした。



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