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第二十五話 エージェント来襲

「さあ敷きたまえ。珍しいな、いつ東京へ出てきた」

ボスは古いダチに座布団を勧める。鈴木はそれを裏返してから腰を下ろした。

「忙しくて知らせる暇もなかったが、この間から東京本社に戻ることになってね……」

「それは結構だ。随分長く会わなかったな。君が田舎へ行ってから初めてじゃないか」

「うん、もう十年近くになる。時々東京へは来てたんだが、用事が多くていつも失敬してしまってね。悪く思わないでくれ。会社の方は君の職業とは違って随分忙しいんだ」

……ボス、暇が服着て歩いてるようなもんだからな。

「十年も経つと随分違うもんだな」

ボスは鈴木の全身をフルスキャン。

鈴木は頭をきれいに分け、英国仕立てのツイードを着て、派手な襟飾りをつけ、胸には金色のチェーンまでピカピカさせている。

……いやいや、どう転がしてもボスのダチには見えないぞ。

「うん、こんな物までぶら下げなくちゃならんようになってね」

鈴木は金色チェーンにチャラチャラ言わせる。

「そりゃ本物かい」とボスは無作法な質問を投げかけた。

「十八金だよ」

鈴木は笑いながら答えると、ボスを見て「君も大分年を取ったね。たしか子供がいたはずだが、一人か?」と聞く。

「いいや」

「二人?」

「いいや」

「まだあるのか、じゃ三人か」

「うん、三人いる。この先いくつできるか分からん」

……ボスにはパイプカットをお勧めしたい。

「相変わらず気楽だな。一番上はもう六つか七つくらいだろう?」

「うん、正確には知らんが大方そのくらいだ」

「ハハハ、教師は呑気でいいな。僕も教員にでもなればよかった」

「なってみろ、秒で嫌になるさ」

「そうかな。上品で気楽で暇もあって、好きな勉強ができる。よさそうじゃないか。実業家も上に行かないと下の方だと御世辞を振りまいたり、嫌な猪口をいただきに出たり、嫌なもんだよ」

「僕は実業家は昔から嫌いだ。金さえ取れれば何でもする」

ボスは実業家を前に平然と毒を吐く。

「まさか、そうばかりも言えんがね。確かに少し下品なところはある。とにかく金と心中する覚悟がなければやり通せない。ところがその金ってやつが曲者でね。ある実業家が言ってたんだが、金を作るには“三角術”が必要だそうだ。義理をかく、人情をかく、恥をかく――これで三角になるんだって。面白いだろ、アハハハ」

「誰だそんな馬鹿は」

「馬鹿じゃない、なかなか利口な男だ。実業界でちょっと有名なんだが、君知らんか? この先の横丁にいる」

「金田か? 何なんだあんな奴」

「大変怒ってるね。なあに、冗談だろう。金はそのくらいしないと溜まらんというたとえさ。真面目に解釈しちゃ困る。それはさておき、今日来たのは少し君に用事があってね」

鈴木が切り出す。

「ほら、君が昔教えたとかいう、水島……ええと、水島……名前が出てこない。君のところへよく来るっていうじゃないか」

「寒月か」

「そうそう、寒月寒月。あの人のことについてちょっと聞きたいんだ」

「結婚事件のことか?」

「まあ多少それに似た話さ。今日金田へ行ったら……」

「この間、鼻が自分で来た」

「そうか。細君もそう言ってたよ。苦沙弥さんに伺おうと思って上がったら、あいにく迷亭がいてチャチャを入れて、何が何だか分からなくなったって」

「そんな鼻をつけて来るから悪いんだ」

「いや、君のことじゃない。迷亭君がいたから、立ち入った話を聞けなくて残念だったんだ。それでね、もう一度僕に行ってよく聞いて来てくれないかって頼まれたんだ。僕も今までこんな世話はしたことはないが、もし当人同士が嫌いじゃないなら、中に立ってまとめるのも悪いことじゃない。――それで来たのさ」

「御苦労様」

主人はクールに答えたが、心の中では「当人同士」という言葉に妙に引っかかった。

ボスは無表情で頑固、つや消し仕上げの男。

だが冷酷無情な東洋系のスナイパーというわけでもない。

先日ハナ子と喧嘩したのも、ハナ子が気に食わなかっただけで、娘には罪はない。

実業家が嫌いだから金田も嫌いだが、娘本人とは関係ない話だ。

娘には恩も恨みもない。寒月は弟のように愛している門下生。

もし鈴木の言う通り、当人同士が好いているなら、妨害するのは男のすることじゃない。

だが問題は「本当に好いているのか」……だ。

態度を決めるには、まず真相を究明しなければならない。

「君、その娘は寒月のところへ来たがってるのか。金田や鼻はどうでもいい。娘自身の気持ちはどうなんだ」

「そりゃ、その……何だね……来たがってるんだろう……たぶん」

鈴木の答えは曖昧だ。寒月のことだけ聞いて報告すればいいと思っていたから、悪役令嬢の意向までは確かめていなかったのだ。

「全然判ってないじゃないか!」

ボスは何事も正面から怒鳴らないと気がすまない。

「いや、僕の言い方が悪かった。令嬢にも確かに好意はあるんだよ。細君がそう言ってた。時々寒月君の悪口を言うそうだがね」

「娘がか?」

「ああ」

「けしからん奴だ。悪口を言うなんて。だから寒月に好意なんかないんじゃないか」

「そこがさ、世の中は妙なもので、好きな人ほど悪口を言ってみたりするんだ」

「そんなバカな奴がどこにいる」

……いやいや、ラノベ主人公以上のニブさかよ。

「その馬鹿な奴が世の中には結構いるんだ。現に金田の妻君もそう解釈してる。『戸惑ったウリみたいだ』なんて寒月の悪口を言うが、心の中では想っているに違いないって」

ボスはこの超心理学的な解釈に驚いて目を丸くし、返事もせず鈴木の顔をじっと見つめる。

鈴木は「これじゃ、下手するとやり損なうな」と察したらしく、話題をボスにも判断できそうな方面へ移していった。

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