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第二十三話 魔王城からのエージェント

今日はどんな様子かな、と例のミニチュア富士山の芝生にアゴを押しつけて前を見渡すと広い客間は春らしく開け放たれていて、中では金田夫婦と来客一人が談笑中だ。

あいにく、ハナ子の鼻がこっちに向いていて、広い庭の池越しに俺の額をロックオンしている。

鼻に睨まれるなんて、生まれて初めてだ。

金田は幸い横顔を客に向けているから顔は半分隠れて見えない。

ただし鼻の位置がよく分からない。

その代わり、ゴマシオ色の口ヒゲがテキトーな場所からメチャメチャ生えているので「あの上に穴が二つあるはずだ」と結論づけるのは至極簡単。

さて、来客だが、三人の中で一番「普通」な顔をしている。

ただし普通すぎて、紹介する価値もないくらいのザコキャラだ。

普通って言葉は一見褒め言葉っぽいが、極限まで平凡に突き抜けると、むしろ哀れに見える。

登場して秒でビームサーベルで蒸発してしまうくらいの無意味な役を背負って、世に生まれてきたのは一体誰なのか。

「……それで妻がわざわざあの男のところまで行って様子を聞いたんだがね……」

と金田が例のごとく偉そうな言葉遣いで話す。

「なるほど、なるほど、なるほど」

なるほど3連発してるのは来客。聞いてるだけで頭がアホになりそうだ。

「ところが何だか要領を得んので」と金田。

「ええ、苦沙弥じゃ要領を得ないでしょうね。昔から煮え切らない男で――そりゃ困ったでしょう」と来客はハナ子夫人の方へ向き直る。

……苦沙弥ってボスのことだよな。名前を聞くたびに鼻がムズムズしてくるぜ。

「困るも困らないも、私、この年になるまで人の家へ行って、あんな扱いを受けたことなんてないわよ!」

ハナ子は象のように鼻息荒く吹きまくる。

「何か無礼でも? まあ昔から頑固な性分で――年がら年中、英語のリーダーの教師をしてるんですから、だいたい分かるでしょう」

来客はうまく調子を合わせている。

「いや、話にならんくらいでね。妻が何か聞くと、まるで剣もほろろの返事だそうで……」

「それはけしからんですね。少し学問をすると慢心が芽生えるし、貧乏すると負け惜しみが出る。世の中には無法な奴が多いですよ。自分は働かないくせに、財産のある人に食ってかかる――まるで自分が財産を巻き上げたみたいな気分で。驚きますよ、あははは」

来客は大喜びで笑っている。

「まったく言語道断だ。ああいうのは世間知らずのワガママから来るんだ。だから懲らしめのために少し当たってやったよ」

「なるほど、それは本人のためにもなりますね」

来客はどう当たったかも聞かずに、もう同意している。

「ところが鈴木さん、あの男、学校へ行っても福地さんや津木さんには口も利かない。黙ってるのかと思ったら、この間は罪もないうちの書生をステッキで追いかけたってんだ。三十過ぎて、よくまあそんな馬鹿な真似ができるもんだ。全くやけで少し気が変になってるんだよ」

「へえ、どうしてまたそんな乱暴を……」

さすがの来客も、ここでようやく不審そうな顔をした。

「なあに、ただあの男の前を何か言って通っただけなんだそうだ。するといきなりステッキを持って、裸足で飛び出してきたんだってさ。ちょっと何か言われたくらいで怒るか? 子供じゃあるまいし。しかも教師だぞ」

「そうそう、教師ですからな」

来客が相槌を打つと、金田も「教師だからな」と繰り返す。

三人の意見は一致。「教師なら侮辱されても黙ってろ」ってわけだ。

「それに、あの迷亭って男はよっぽどの暇人ですね。嘘八百ばかり並べて。あんな変人に初めて会いましたよ」

「迷亭か。あいかわらずホラを吹いてるんだな。昔は同居していたんだが、人を馬鹿にするからよくケンカしたもんだ」と苦虫を潰す客人。

「誰だって怒りますよ。あの男は、やたらに嘘を吐くから始末に負えない。何が欲しくてあんなデタラメを並べるのか――よくまあ、しらじらしく言えるもんだ」とハナ子が声を荒げる。

「ごもっとも。全く悪趣味な嘘だから困りますな」

「そこでちょっと君の手を借りたいと思ってな……」と金田が身を乗り出す。

「私にできることなら何でも。今度東京勤務になったのも、いろいろお世話になったおかげですから」

来客は即オッケー。どうやら金田の世話になっている人間らしい。

……おお、事件がだんだん面白くなってきたぞ。今日は天気が良かったから、特に目的もなく来ただけなのに、こんなおいしいネタに出会えるとは。

さて、金田は客人に何を頼むのか。俺は耳をそばだてる。

「あの苦沙弥って変わり者が、寒月に妙な知恵を入れて、金田の娘をもらっちゃいかんとほのめかすそうだ」

「ほのめかすどころじゃないんです。『あんな奴の娘をもらう馬鹿がどこにいる』って、寒月君に直接言ったんですよ」

「なんだと、そんな乱暴なことを言ったのか」

「ええ、車屋のおかみさんが知らせに来てくれたんです」

「鈴木君、どうだい。聞いた通りだが、随分厄介だろう?」

「困りますね。こういうことは他人が軽々しく口を出すべきじゃない。苦沙弥だって心得ているはずですが、一体どうしたんでしょう」

「それでだ。君は学生時代から苦沙弥と親密だったそうだから頼みたい。当人に会って、よく諭してくれんか」

「ええ、お任せください」

「それから娘にはいろいろ申し込みもあるから、必ず水島にやると決めるわけにもいかんが……」と金田が言う。

「よく聞いてみると、学問も人物も悪くないようだ。もし勉強して近いうちに博士にでもなったら、もらうこともあるかもしれん――くらいはそれとなくほのめかしても構わん」

「そう言ってやれば本人も励みになって勉強するでしょう。よろしいですね」

来客はすぐ同意。

「水島寒月という人には会ったこともないが、こちらと縁組ができれば一生の幸福だろう。本人も異存はないはずだ」

ハナ子夫人が口を挟む。

「ええ、寒月さんは貰いたがっているんですが、苦沙弥だの迷亭だのって変人が何だとか言うもんですから」

「そりゃ良くない。教育者のすることじゃない。私が苦沙弥のところへ行って説得してまいりましょう」

「どうかお願いします。それに寒月のことも苦沙弥が一番詳しいんですが、妻が行った時はろくに聞けなかった。君から性格や才能をよく聞いてもらいたい」

「かしこまりました。どこに住んでいますか?」

「ここの前を右へ突き当たり、左へ行くと、崩れかかった黒塀のある家です」とハナ子が教える。

「近所ですな。帰りに寄ってみましょう」

「あんな汚い家は町内に一軒しかないからすぐ分かります。屋根に草が生えている家を探せば間違いありません」

「目立ちそうな家ですな、アハハハハ」

三人は笑い合っていた。

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