第二十二話 再潜入
第4章
例によって俺は金田邸へ忍び込む。
例によって、なんてわざわざ説明する必要もないだろ。
要するに「またかよ」ってことだ。
人間だって一度やったことは二度やりたくなるし、二度やったら三度目もやりたくなる。
それは猫だって同じ。好奇心ってやつは俺たちの特権なのさ。
三度以上繰り返せば「習慣」って名前がつく。人間も猫もそこは変わらない。
で、なんでそんなに金田邸へ通うのかって?
その前に人間に聞きたいことがある。
なんであんたらは煙を吸い込んで鼻から吐き出すんだ?
腹の足しにもならないし、薬にもならないのに、堂々とプカプカやってるじゃないか。
それを許されてるなら、俺が金田邸に出入りするくらい大目に見てほしいもんだ。
金田邸は、俺にとってのタバコみたいなもんなんだよ。
「忍び込む」って言葉はちょっと聞こえが悪いな。
泥棒とか浮気者みたいでさ。
じゃあなんで「忍び込む」なんて言葉を使うのか?
それにはちゃんと意味がある。
俺の考えじゃ、大空は万物を覆うためにあり、大地は万物を載せるためにある。
人間がそれを作ったわけじゃないのに、勝手に「ここは俺の土地」なんて区切ってる。
空気を一立方メートルごとに切り売りできないんだから、土地の私有だっておかしいだろ。
だから俺はどこへでも入る。行きたくない場所には行かないけど、行きたい方向なら東西南北関係なく、堂々と歩いていく。
金田ごときに遠慮する理由はない。
とはいえ、猫の悲しさ、力では人間に勝てない。
この世は「強い者が正しい」ってルールで回ってるから、いくら理屈がこっちにあっても猫の理屈は通らない。
無理に通そうとすれば、クロみたい棍棒でぶん殴られるかもしれない。
だから俺は選ぶ。
権力に屈するか、権力の目をかすめて自分の理を通すか。
もちろん俺は後者だ。
人の家に入るのは本来差し支えないはずなのに、忍ばざるを得ない。
この理由で、俺は今日も金田邸へ忍び込むのである。
さて、最近の俺のルートはこうだ。
勝手口の横を抜けて庭へ回り、ミニチュア富士山(築山)の陰から様子をうかがう。
障子が閉まって静かなら、そろりと上がり込む。
もし人声が賑やかで、座敷から見透かされそうなら池を東へ回って、トイレの横からこっそり縁の下へ出る。
悪いことをしてるつもりはない。だから隠れる必要も恐れる必要もない。
でも人間ってやつは悪党だから、運が悪ければ諦めるしかない。
もし世間が”義経にBANされた平安時代の山賊系YouTuber熊坂長範”みたいな連中ばかりだったら、どんな立派な勇者でも俺みたいにコソコソするしかないだろ。
金田は堂々たる実業家だから、刀を振り回す心配はない。
けど噂によれば「人を人と思わない病気」があるらしい。
人を人と思わないなら、猫を猫とも思わないだろう。
だから俺は油断できない。
でも、その油断できない感じがちょっと面白いんだよな。
結局俺が金田邸に出入りするのも、危険を冒してみたいからかもしれない。
まあその理由は、いずれ俺の脳ミソを徹底的に解剖してからドヤ顔で拡散してくれ。




