第二話 ボスの新たな趣味
人間ってやつは、観察すればするほど自分ファーストな動物だということが判った。
同居してる俺だからこそ断言できる。
特に一緒に寝ることもある子供なんて最悪だ。
気分次第で俺を逆さにしたり、頭に袋をかぶせたり、外に放り出したり、果てはタンスに押し込んだりする。
……拷問かよ。
しかも俺が正当防衛しようものなら、家族総出で追い回してくる。
迫害ってこういうことを言うんだな。
この前なんて、畳で爪のお手入れをしただけで奥さんがガチギレした。
以来、座敷には入れてもらえない。
寒い台所の板の間で震えてても、誰も気にしない。床も人情も冷たいにも程がある。
筋向かいのシロ嬢なんて、会うたびに「人間ほど薄情な生き物は他にない」と嘆いてる。
先日、チョー可愛い子猫を四匹産んだんだが、三日目にその家のボスに四匹とも連れ去られたまま行方不明になった。
シロ嬢は涙ながらに「奴らを残らず駆逐してやる!」と息巻いてた。
……うん、もっともな意見だ。
隣のミケ君も怒ってる。
「人間は所有権を理解してない!」って。
猫社会じゃ、見つけたものは見つけた奴のもの。
メザシの頭だろうがサンマの尻尾だろうが、先に見つけた奴が食う権利を持つ。
それを守らないならファイト一発猫パンチでイザ勝負。それがルールってもんだ。
なのに人間は、俺たちが見つけた獲物を当然のように奪っていく。
どこかの国じゃあるまいし、権力に任せて、正当な権利を踏みにじる。
シロ嬢は軍人の家、ミケ君は弁護士の家。だから人間への怒りも強い。
俺は教師の家に住んでるだけに、それほどの恨みはない。
むしろ楽天的だ。今日をどうにか生き延びられればいい。
人間だって、いつまでも栄えてるわけじゃない。
猫の時代が来るまで、気長に待てばいい――俺はそう思ってる。
自分ファーストで思い出したけど、うちのボスがそれで大失敗した話をしよう。
この家のボス、何をやっても人より優れているものがないくせに、とにかく手を出したがるタイプ。
下手な俳句や詩を作っては雑誌に投稿したり、スペルミスだらけの英文を書いたり、時には弓道にハマり、歌を習い、ヴァイオリンをキーキー鳴らす。
結果? 全部中途半端。モノになった試しがない。
それでも始めると妙に熱心なんだ。胃弱なのにね。(草)
トイレの中でデタラメな歌をがなり立て、近所から「トイレのシンガーソングライター」なんてニックネームをつけられても全然気にしない。
むしろ「俺は永ちゃんだぜ!」などと繰り返して、みんなに「出た!永ちゃんだ!」と笑われてる。
……羞恥心どこ行った。
そんなボスが、ある日大きな包みを抱えて帰宅した。
何かと思えば……水彩絵具、毛筆、一抱えもある画用紙の束。
どうやら今度は絵に挑戦するらしい。
俳句も歌もやめて「俺は画家王になる!」って決心したようだ。
翌日からは昼寝もせず、毎日毎日絵ばかり描いている。
だが完成品を見ても、何を描いたのか誰にも分からない。
本人も「こりゃ駄目だ」と思ったのか、ある日、美学者をやっている友人、”迷亭”に愚痴をこぼしていた。
「どうもうまく描けないんだよなあ。人のを見ると簡単そうなのに、いざ自分で描いてみるとすごく難しいんだ」
……まあ、嘘じゃないな。
すると迷亭は金縁メガネ越しにボスを見てこう言った。
「初めから上手に描けるわけないぞ。室内で想像ばかりしててもダメだね。昔イタリアの有名な画家が言ったんだ。『絵を描くなら自然を写せ。自然こそ一枚の大活画だ』ってね。写生でもしたらどうだ?」
「へえ、そうだったのか。知らんかった! うーん、もっともだ。ほんとにその通りだ!」
ボスはやたら感心していたが、迷亭の金縁メガネの裏に、嘲るような笑いが見えていたのを俺は見逃さなかった。




