第十八話 カードバトル
ハナ子が話題を切り替える。
「この正月に椎茸を食べて前歯を折ったそうじゃございませんか?」
……いきなり暴露かよ。
一瞬、ボスも金縁メガネもフリーズ。
しかし金縁メガネは待ってましたとばかりに浮かれ出す。
「ええ、その欠けたところにアンコロ餅がくっ付いてましてね」
……なんだその報告。歯に餅が寄生って、もはや新しい生態系だろ。
ハナ子は呆れ顔。
「色気のない人ですね。何で楊枝を使わないんでしょう」
ボスは笑いながら「今度会ったら注意しておきましょう」と軽くレシーブ。
「椎茸で歯が欠けるなんて、よほど歯が弱いんでしょうね」
「強いとは言えないなあ――なあ迷亭君」
金縁メガネはニヤニヤ。
「強いことはないけど、ちょっと愛嬌ですよ。まだ詰めてないのが不思議だ。今でも餅の引っ掛け場所になってる。見ものだぜ」
俺からすれば「見もの」どころか「珍事件」。人間ってほんと不思議だ。
ハナ子はさらに追撃。
「歯を詰めるお金がないんですか?それとも物好きで欠けたままにしてるんでしょうか」
金縁メガネは機嫌を取り戻して「ずっと“前葉賀欠太”をやってるわけじゃないから安心なさい」と笑う。
ハナ子は話題を転じる。
「何か当人の手紙でもございますなら、ちょっと拝見したいもんでございますが」
ボスは書斎から三、四十枚も葉書を持ってくる。
……いや、多すぎだろ!
「そんなに沢山じゃなくて、二、三枚でいいです」
「じゃあ僕が選んでやろう。これなんか面白いでしょう」と金縁メガネが一枚目をドロー。
ハナ子は眺めて「あら、絵も描くんですか。なかなか器用ですね……あらいやだ、狸だよ。何でわざわざ狸なんぞ描くんでしょうね。でも狸に見えるから不思議だわ」と感心する。
ボスは笑いながら「その文句を読んでご覧なさい」と促す。
……狸の絵葉書に、どんな文句が添えられてるのか。期待しかない。
ハナ子はアナウンサーがニュースを読むみたいに、淡々と葉書を読み始めた。
「旧暦の歳の夜、山の狸が園遊会でダンスをします。その歌いわく――スッポコポンノポン」
……いや、何だその歌!俺でも笑うわ。
ハナ子は不満顔。
「人を馬鹿にしてますね」
金縁メガネは次のカードをドロー。
「この天女はいかがですか?」
天女が羽衣をまとって琵琶を弾いている。ハナ子は眉をひそめる。
「鼻が小さすぎます」
ボスは笑って「鼻より文句を読んでご覧なさい」と促す。
文句はこうだ――天文学者が星を見ていると天女が現れ、美しい音楽を奏でる。翌朝、彼は霜に覆われて死んでいた。
……おいおい、ホラーかよ。
ハナ子は呆れ顔。
「意味も何もないですね。これでも理学士ですか?文芸倶楽部でも読んだらいいのに」
寒月君、散々である。
金縁メガネは面白がって三枚目をドローしターンエンド。
帆懸け舟の絵に添えられた文句―― 「昨夜の泊まりの十六小女郎、親がないとて荒磯の千鳥、さよの寝覚めの千鳥に泣いた、親は船乗り波の底」
……ええと、昨夜泊まった十六歳の遊女は、親を失った孤児で、夜中に千鳥の声を聞いて泣いていた、親は船乗りで、海で亡くなってしまった……てこと?
ハナ子は目を輝かせる。
「うまいですねえ、三味線に乗りますよ」
金縁メガネは大喜び。
「三味線に乗りゃ本物だ!」
ハナ子は満足げに「これだけ見れば、寒月さんは野暮じゃないと分かりました」と一人で早合点。
そして厚かましく「私が来たことは寒月さんには内々に願います」と横車プッシュ。
寒月のことは根掘り葉掘り聞くのに、自分のことは秘密にしろって方針らしい。
先生も金縁メガネも「はあ」と気のない返事。
ハナ子は「いずれ御礼しますから」と念を押して帰っていった。
……何だったんだ、あのおばさん。
この後、ボスと金縁メガネと奥さんが、ハナ子ネタで盛り上がっていたのは内緒だ。




