第十五話 オ・レ・サ・マ
第3章
ミケ子は虹の橋を渡った。
クロは相手にしたくないし、ちょっと寂しい。
けど幸いにも人間に知り合いができたから退屈って程でもない。
この前は「猫さんの写真送ってください!」って主人宛に手紙が来たし、岡山名産の吉備団子をわざわざ俺の名前で届けてくれた人もいた。
……“猫に団子”って何のシャレだよ。どうせなら猫缶を送ってくれ!
人間の世界にどっぷり浸かっていると、いつのまにか猫であることを忘れ、人間に近づいてる気分になる。
猫同盟を結成して二本足の先生とバトルする――なんて発想は今の俺には毛頭ない。
むしろ「俺も人間世界の一員かも」って思う瞬間すらある。進化しすぎ(藁)。
別に同族を軽蔑してるわけじゃない。ただ、性格が近い方に安住するのは自然な流れだ。
これを「裏切り」とか「軽薄」とか言う奴は、だいたい不器用で貧乏性。イベント失敗常習者だな。
こうして猫の皮を脱ぎ捨ててみると、ミケ子やクロを足手まといにしてるわけにもいかない。
俺も人間同等の気位で、彼らの思想や言動を評価したくなる。
当然だろ。
ただ、そんな俺をボスは「ただの猫」としか見てない。
それが証拠に俺の吉備団子を全部食っちまいやがった。
なんと礼はおろか俺の写真すら撮って送ってない有様だ。
まあ不平は不平だが、ボスはボス、俺は俺。見解が違うのはしょうがない。
俺自身、人間のつもりなので、猫同士の交際ネタは話しにくい。
だから、これからはボスネタで勘弁して欲しい。
今日は上天気の日曜日。
ボスは春先の虫の如くノソノソと書斎から這い出してきた。
そして俺のそばに筆硯と原稿用紙を並べると、ゴロリと腹這いになり、しきりにウンウン唸りはじめる。
「お、原稿書き始める前の儀式か?」と注目してると、やがて太い字で「香一炷」と書いた。
“お香を焚く”とは、はて、詩か俳句か? 主人にしてはお洒落すぎ、と思ったら、すぐに諦めて新しい行へ。
「うーん、天然居士について書こうとしているんだが……」と独り言。
主人の筆はピタッと停止。雑巾のようにギュウギュウ頭を絞ってもアイデアが浮かばない。
結局、筆先をペロッと舐めて唇が真っ黒に染まる。
……いやいや、黒い口紅かよ。
次に描いたのは丸。中に点を二つ。目。さらに鼻と口。
……って、ただの顔アイコンじゃん。文章でも俳句でもない。
ボスも「これはないわ」と思ったらしく、即消去。
行を改めれば詩になる! 俳句になる! 語録になる!
そんな謎の希望を抱いて再挑戦。
「天然居士は空間を研究し、論語を読み、焼き芋を食い、鼻水を垂らす人である」とノンストップでクリエイト。
……情報量ごちゃごちゃすぎ。しかも最後の「鼻水」ひどすぎ。
ボスは朗読して「ハハハハ面白い」と一人で草を生やしていたけど「鼻水はちと酷い」と棒線で消す。
一本で済むところを二本、三本。八本並べて併行線アート。
……消すんじゃなくて作品化してるし。
次はポイっと筆を投げ捨ててヒゲをヒネリ始めた。
文章をヒゲからヒネリ出すつもりらしい。ねじ上げ、ねじ下ろし。必死すぎる。
そこへ奥さん登場。主人の鼻先にぴたりと座って「あなた、ちょっと」とインターラプト。
ボスは「なんだ」と濁った返事。
奥さんはそれが気に入らないらしく、再び「あなた、ちょっと」と食らいつく。
「なんだ」と今度は鼻毛をブチッと抜いた。
……返事の仕方クセ強すぎ。
奥さん「今月はちょっと足りませんが……」
ボス「足らんはずはない。本屋も医者も払ったぞ。余るはずだ」
そう言いながら鼻毛を眺めているとインスピレーションが沸き、原稿用紙に一本一本植え付け始める。
針みたいに立つ。吹いても飛ばない。粘着力チート。
奥さん「それだけじゃないんです。他にも買う物が」
ボス「あるかもしれないな」
また鼻毛を抜く。赤、黒、混色。そして一本真っ白。
「おお、鼻毛の白髪だ!」と感動しきり。
奥さんは「いやだ」と顔をしかめるが、最後は笑って退場、経済問題強制終了。
ボスは再び「天然居士」に取りかかる。
鼻毛で奥さんを撃退したボスは「これで安心」とばかりに、また鼻毛を抜きつつ原稿に挑む。
……集中の仕方クセ強すぎ。
「焼き芋を食うも蛇足だ、カットしよう」と自分で書いた句を即抹殺。
「香一炷も唐突だからやめだ」と、これも惜しみなくボツ。
残ったのは「天然居士は空間を研究し論語を読む人である」ただ一行。
シンプルすぎてボスも不満顔だ。
「ええい面倒だ、文章は廃止。銘だけにする!」と叫んで、原稿用紙に下手な蘭の絵を十文字で描く。
……急に画家モードかよ。
結局、苦心の成果は全部ボツ。
裏返して新たに書いたのは……
「空間に生れ、空間を究め、空間に死す。空たり間たり天然居士、うああ」
……気分は形而上かよ。
意味不明ワード連打。俺も読んでて頭バグったかと思った。




