第十四話 お葬式
俺は気分転換にミケ子の様子でも見に行こうと、琴の師匠ん家の庭口へ回った。
正月飾りはもう撤去済。
時はすでに十日。
だけど春の日差しはチート級に明るくて、雲ひとつない空から世界全体を照らしている。
十坪にも満たない庭なのに、まるで元旦イベントの残光をまだ引きずってるみたいに活気がある。
縁側には座布団が一枚。人影なし。障子も閉め切り。
師匠はダンジョン探索中か?
まあ留守でもいい。問題はミケ子だ。少しでも元気ならいいんだが。
静かすぎて人の気配ゼロ。
俺は泥足のまま縁側に上がり、座布団の真ん中にドーンと寝転がった。
これがまた最高に心地いい。
ついウトウトしてミケ子のことも忘れかけたその時――障子の奥から声がする。
「御苦労だったね。出来たかい」
……師匠、留守じゃなかった。
「はい、仏壇屋に参りましたらちょうど出来上がったところでして」
「どれ見せなさい。おお、綺麗に出来た。これでミケも浮かばれましょう」
……え、浮かばれる? 何その不穏ワード。
「金は剥げることはあるまいね」
「ええ、いいものを使ったから人間の位牌より持つと申しておりました」
……位牌? 猫用? いやいや、ラノベ的に言うなら「猫専用レア装備」かよ。
チーン。南無猫誉信女。南無阿弥陀仏。 師匠の声が響く。
「御前も冥福をお祈りしておやりなさい」
チーン。南無猫誉信女。南無阿弥陀仏。下女まで参戦。
俺は座布団の上で石像モード。心臓バクバク。
どうやらミケ子は……逝ったらしい。
「ほんとに残念なことを致しましたね」
「始めはちょっと風邪だったんでしょうが」
「甘木先生が薬をくれればよかったかも」
「いや、あの先生が悪いんですよ。ミケを馬鹿にしすぎです」
人間たちの会話はまるで失敗イベントの反省会。
「結局、表通りの教師ん家の野良猫が無暗に誘い出したからだ」
「ええ、あの野良猫がミケの仇でございますよ」
……おい、俺のことじゃね? 俺は弁解したかったが、ここは我慢だ。
それと「野良」って連呼すんな。名前ないけど俺は野良じゃない。失礼すぎだろ。
「世の中は自由にならないものですねえ。ミケのような器量よしは早死に。不器量な野良猫は元気にいたずらしている」
「その通り。ミケみたいな可愛い猫は何処を探しても二人とおりません」
二匹じゃなくて二人って言った。下女の脳内では猫=人間同族らしい。顔も猫っぽいしな。
「出来るものならミケの代わりに……」
「教師ん家の野良が死ねばいいんですがねえ」
……いやいや、それは困る。
死ぬってどんなイベントか知らんが、以前、ガキどもにタンスに閉じ込められた時の苦しさを思い出すと、あれが続くのはマジ勘弁。
「しかし猫でも坊さんに経を読んでもらい、戒名をもらったのだから心残りはないでしょう」
「そうですとも。果報者ですよ」
猫に戒名。坊さんの経はショートバージョン。
寺の住職曰く「猫だからこれで十分浄土行き」。
……いや、軽すぎだろ。
下女は俺を「野良野良」と連呼する。
罪深いから浮かばれないとまで言ってる。
俺の毛は88,880本全部逆立ち。
怒りに震えながら縁側から飛び降りた。
その後、師匠ん家には近づかなくなった。
今頃は師匠自身がありがたい功徳をちょっとだけ分けてもらっただろうな。
外出する勇気もなくなり、世間が妙にダルい。
俺もボス並みに無性猫になった。
ボスが書斎に引きこもってるのを「失恋だ」と人間が評するのも、まあ理解できる。
ネズミはまだ一匹も取ったことがない。
お手伝いさんから「悪役”猫”追放論」まで出されたが、ボスは俺が普通の猫じゃないと知ってるから、俺は怠惰モードONでログアウト拒否 。
ボスの先見の明には脱帽するしかない。
お手伝いさんが俺にハラスメントするのは別に腹も立たない。
いつか伝説のクラフトマンが俺のフィギュアを作り、世界的イラストレーターが俺を描く。
その時、俺をナメてた奴らは全員後悔するんだぜ。




