第一話 どうやら俺は猫に転生したらしい
第1章
――どうやら俺は猫に転生したらしい。
名前はまだない。
いわゆる”アノニマス”ってやつだ。
果たして俺がいったい誰だったのか、どうやって転生したのかも覚えてない。
引きこもりのオヤジが子供部屋でトラックに跳ねられる……なんてシチュエーションは、ありえないから、大方、タンスの角に足の小指をクラッシュして悶絶死したんだろう。
気づいたら、ジメジメした暗がりでニャーニャー泣いてる俺がいた。
そのとき猫になって初めて“人間”ってやつを見た。
あとで知ったが、そいつは“書生”っていう人間の中でも最凶クラスの種族らしい。
なんでも猫を捕まえて煮て食うとか。
……いやいや、ホラーかよ。
でもそのときの俺は、そんなこと考えもしなかった。
ただ掌に乗せられて、ふわっと持ち上げられた瞬間、「おお、浮いてる!?」って感じで、むしろワクワクしてたくらいだ。
男の顔を見てみれば……ツルッツル。毛がない。まるで肉球。
しかも口の真ん中から棒が突き出てて、先からプカプカ煙を吐いている。
タバコってやつらしいが、初見の俺からすればただの毒ガス兵器。
むせて死ぬかと思った。
煙に巻かれつつ掌の上で揺られてるうちに、急に世界がぐるぐる回りだした。
俺が動いてるのか、書生が動いてるのかも分からない。
胸がムカムカして「これ、死ぬやつだ!」って思った瞬間――どさり。
視界が真っ白になって、記憶はそこで途切れた。
……気づけば誰もいない。明るすぎて目が開けてられない。
全身の痛みに耐えながら笹の中から這い出すと、目の前には大きな池がある。
鳴けば誰かが迎えに来るかも?
そう思って「ニャー、ニャー」と鳴いてみたけど、まあ誰も来るはずがない。
夕暮れ、風がさらさら、腹はグーグー。
ついに声すら出なくなった俺は、決意した。
「食べ物探しに行くしかない!」
フラフラと池を回り込んで、ようやく人間の匂いがする場所にたどり着き、竹垣の崩れた穴から邸内に侵入した。
これが運命の分岐点。
もし穴がなかったら、道端で餓死してたのは規定事項だ。
だが邸内に入った俺を待っていたのは……お手伝いのおばさんの手荒い歓迎だった。
いきなり首をつかまれて外にポイッ。
……いやいや、チュートリアルで即ゲームオーバーかよ!
それでも空腹と寒さには勝てず、何度も台所に突撃。
投げられては這い上がり、這い上がっては投げられ……まるで終わらない夏休みの無限ループ。
最終的にその家の主人が登場して「そんなら置いてやれ」と菩薩様のような慈悲深きお告げを下してくれた。
おばさんは不満そうだったけど、ついにここが俺の“住み家”となったのだ――!
命の恩人であるボスは、ほとんど俺と顔を合わせてくれない。
職業は教師らしいけれど学校から帰ってくるなり、即・書斎に引きこもる。
家族は「勉強家だ!」ってアゲアゲしてるけど、実際は昼寝ばかり。
しかも本の上にヨダレ垂らしてるとか……それ、睡眠学習だろ。
胃弱で顔色は黄色っぽく、元気なさそうなくせに大飯食らいで、散々食ったあとに胃薬飲んで、数ページ読んだら即、夢の世界にログインする。
毎晩それを繰り返すのが“日課”なのだ。
……教師ってそんなに楽なのか? 猫でもできるんじゃね?
でも本人は「教師ほどつらいものはない」と愚痴ってばかりで、友達が来るたびにブリブリ不平を漏らしてる。
……いやいや、楽なの辛いのどっちなんだい!
さて、俺がこの家に住み始めた頃は、ボス以外からは完全に嫌われてた。
どこ行っても跳ね返されて、名前すらつけてもらえない。
相手にされなさすぎて逆に笑えるレベル。
仕方ないからボスのそばにいるようにした。
新聞読むときは膝の上、昼寝のときは背中の上。
別に好きでやってるわけじゃない。
居場所がないからだ。
でも経験を積んで、朝は御飯を入れておく木製の”おひつ”の上が俺の定位置。炊き立て御飯のおかげで上蓋が結構暖かい。
そして夜はコタツで、昼は縁側で日向ぼっこという具合。
まあまあ快適だったけど、一番幸せなのは夜――子供たちの布団に潜り込むことだ。
五歳と三歳の兄弟が一つの布団で寝てるから、その間に割り込むのが俺の必殺技。
ただし、運悪く子供が目を覚ますと地獄が始まる。
特に小さい方が最悪で、「猫が来た!猫が来た!」って夜中に大声で泣き出すと、それを聞いたボスが隣の部屋から飛び出してきて、俺の尻を物差しで引っ叩くんだ。
先日は本当に痛かった。
……いや、マジで。




