01_Track07
頬がゆるむ。気づくと口角が上がっている。
「ふふふふ」
《——ヒナ、笑っていないで勉強に集中しよう》
「うわっ、なんで勝手に起動してんのっ?」
寮の自室で、予習復習に励んでいたヒナの傍ら、いきなりチェリーの叱責が飛んだ。
目を向ければ、机の端で充電していたスマホの画面が光っている。
「……びっくりした。チェリー、たまに呼んでないのに反応しちゃうな……古いしバグってんのかな……?」
《ボクは古くないよ。フィードバックを元に修正されているからね》
「チェリーは古いんだよ。正式なチェリッシュはもうバージョン3になってるらしいよ。高性能なんだろうなぁ……サポートすごいしてくれるんだろうなぁ……」
《ヒナは、ボクじゃ不満かな?》
「いや、お世話になってます。チェリーのおかげで、ホームシックにならず毎日やれて……」
《——ヒナ、洗濯の時間だよ》
「……そういうとこだよ、チェリー。おれの感謝を無視してロボットみたいにさぁ……」
《うん、ボクはAIによるバーチャル・アシスタントだよ。ロボットのようにプログラムされているけど、物理的な形はないよ》
(出た、無機的対応。チェリーの塩るタイミング、いまだに全然わかんないなぁ……)
ムラがある、古いチャットボット。チェリーを残して、ヒナは洗濯物を詰め込んだカゴを抱え部屋を出た。寮の洗濯時間に決まりはないが、単に忘れるのでアラームを設定している。
各フロアに1台ずつ設置されている、洗濯機と乾燥機。個室よりもコンパクトなランドリールームに入ると、洗濯機のランプが……赤い。
(誰かの、入ったままだ)
洗濯は終わっているのに、服が残っている。フロアの寮生が少ないのか、今まで洗濯機が埋まっていることはなかった。
(どうしよ……これ、ブレス端末に連絡いってるはずだよな……?)
洗濯終了はブレス端末に通知がくる。利用者は何をしているのだろう。
ヒナも洗濯機の空き情報を確認せずに来たわけなので、あまり批判はできないが……待つには時間が惜しい。戻るのも面倒。
(出しちゃお)
持ち主のカゴは置いてあったので、出しておくことにした。
と思ったが、取り出したらシャツだった。制服のワイシャツ。他もあるけれど、あとは部屋着やら下着やら適当な感じ。
(シャツは……シワになるな)
施設育ちのヒナは、日常的に洗濯をやってきた。どんな素材がシワシワになるかも、経験則で分かる。
カゴに突っ込むのも忍びなく、ランドリールームに常置されているハンガーを通して、頭上に設置された小さな物干し竿に掛けた。そうなると残りの服も放置しておけず、縮まっているのを軽く広げて乾燥機へ。
(ここまでやると気持ち悪いかな……でも持ち主の子ぜんぜん来ないしな……濡れた状態だと雑菌が……)
そのまま言えばいいか。相手が嫌そうだったら、会ったときにちゃんと謝ろう。
自分の服を洗濯機に入れて回し、部屋に戻る。ノートを破って、メモ代わりに。
『待てなかったので、出しました。乾燥機に移したけど、迷惑だったらごめん』
ランドリールームに戻ってみたが、何も変わっていない。やはり持ち主は来ていない。
ノートの端切れを、洗濯バサミで乾燥機の横に留めておいた。
部屋までの短い廊下を歩きながら、今日の一日を振り返って、また頬がゆるんだ。
楽しかった。壱正は話せば普通にいい子だったし、研究の話も面白かった。ルイは不思議なところがあるけれど、学園生活の話をしている分には普通の生徒。
——春休み明けテスト、やだなぁ。
そう言っていたルイ。Bクラスにもテスト嫌いっているのか。
遅れて加わった麦は、大人しく控えめで、
——大丈夫だよ。どうせ点数は僕が一番下だから……。
フォローになっていないセリフをルイへと掛けていた。
クラスメイトと交流できたことは、カフェテリアで会ったサクラに報告している。
今日の寮横のカフェテリアには人がいた。入浴を先にしたので、ヒナは夕食が遅くなったのだが、なぜか夕食時からずれたほうが人に会えるという……謎の現象。ちらほらとだが、初めて人を見かけた。
みんな混雑時間を避けようとしているのだろうか。寮横のカフェテリアには混む時間なんてないのを、知らないのだろうか。
自室に戻って、机と向かい合う。
(よーし、洗濯が終わるまで、もうひと勉強だ!)