06_Track13
「いけ、今や。言ってまえ」
ヒナとハヤトから絶妙に距離を取った位置で、竜星がなんか言っている。
長身の琉夏を柱にして、ハヤトの動向を(会話は聞こえないが)ひっそりと見守っていたはずが、気づけばがっつり観察していた。無神経な琉夏が邪魔しそうだったので、お菓子を渡して引き留めている。ぬかりない。
ただ、挙動不審な竜星に琉夏はそろそろ疑問を抱き始めていた。ガリッと音を立ててラムネを噛み砕き、
「竜星、どこ見てンの〜?」
「なんも。音楽、聴いてるだけや」
「ふ〜ん? ……でさぁ、明日休みじゃん? どっか行こ〜よ」
「………………」
「聞いてる?」
あかん、あいつ言う気ないやろ。何してるんや。鈍感ヒナは言わな伝わらんやろ。
ぶつぶつ口の中で呟いている竜星に、琉夏が「なァ〜、明日どっか行こ〜? 竜星が行くって言ったらハヤトもヒナも来るって」ずっと勧誘しているがカケラも返ってこない。
「ちょっと黙っててや」
「えェ〜?」
「明日行ってあげるし、いま動かんといて」
「ほんと? もっかい言って。録音しとく」
「動かんといて」
「そこじゃなくて」
視界を遮るように動く琉夏を、竜星が押さえ込む。
そんな二人を見たルイが、「何してるの?」両肩を上げて呆れていた。麦と詩は笑っている。日が落ちたのもあって詳細が分からず、壱正だけが(喧嘩ではないな……?)学級委員の目で様子をうかがっていた。
遠くの校庭でイベントが次々と展開されていくが、屋上は教室と変わらない空気が流れていた。
——いや、そんなこともない。
薄暗くなった視界に、遠くのライトアップを受けて仄かに浮かぶ、非日常めいた世界。
泣きそうな顔で笑ったヒナを見て、ハヤトは少しばかり意識を変えていた。
「ヒナ」
遠くに投げられていたヒナの目が、呼び声にハヤトを振り返る。涙を隠した瞳は、光を乗せて淡く輝いた。
「うん? なに?」
「……学園、やめたりしねぇよな?」
「……うん。夢はなくなったけど……やめたりなんて、しない。せっかく頑張って入ったんだからな」
「……そうか」
「……特待でご飯タダだし?」
「メシかよ」
「ハヤトにだけは言われたくないよ」
ヒナの顔は、まだ少し泣きそうだった。それでも、前を向こうと笑っている。
眉の下がった未熟な笑顔が、胸の奥をじんわりと締めつけ……想いがこぼれるように、ハヤトは口を開いた。
「理由はなんでも、俺は、お前がここに来てくれてよかった」
瞳が、開く。驚愕に丸くなったヒナの目が、ハヤトを大きく映した。
「——俺は、お前が好きだ」
ハヤトの囁きは、夜風に攫われることなく。
確かにヒナの鼓膜を揺らして、募る想いを音にした。
……けれども、
「おう! おれもハヤトが好きだ! 仲良く青春しようなっ!」
にかっと破顔した、ヒナの晴れやかな表情。
すべてを吹っ切った実に良い笑顔だったが……そういうことじゃない。
「………………」
「えっ……なんでそこで睨むんだ? ……笑えばいいと思うよ?」
「笑えねぇ。屋上から突き落としてやりてぇ」
「なに言っちゃってんのっ?」
「だからっ! 俺が言ってんのは——」
声を荒らげて訴えようとしたハヤトの本心は、背後から、
「物騒な会話をしているね?」
突如、現れた刺客によって妨害を受けた。
ハッと背を顧みたハヤト。身長が負けているせいで見上げる羽目になるサクラが、空々しい微笑を浮かべていた。
「鴨居さんを突き落としたら、鴨居さんが無事でも、狼谷さんには学園から出ていってもらうよ?」
にこりとした脅しを冗談と捉えたヒナは、呑気な笑みを返す。
「その前に警察呼んでください。おれ、刑事さん見てみたいです! 殺人未遂なら来てくれますよね?」
「そうだね」
「事情聴取とかされる……? 緊張しちゃいそうだなー?」
物騒な発言から物騒な話題を繰り広げていく。
しかめっ面のハヤトがサクラを細く睨め上げると、見透かすような微笑みが返ってきた。
——その青春は、この子が大人になるまで要らないね?
テレパシーか。過保護な兄みたいな心の声が聞こえた。
(……あんたは俺が超えてやるから、待っとけ)
高くなる目線に意志を込めて強く見返せば、サクラは瞳を伏せるように笑って受け流し、
「そろそろ終幕かな?」
屋上には見慣れた顔ぶれが揃いきり、彼方では花火が上がろうとしていた。




