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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
ハロー・マイ・クラスメイツ
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01_Track06

 とびきり早起きして、朝一で教室に入った。

 ヒナの次に教室にやって来たのは、

 

「おはよー、壱正(いっせい)くん!」

 

 すっきり短い髪に、まっすぐな姿勢、制服の着こなしもかっちり決まっている。

 昨日から勤勉な姿しか見せていない彼は、弾けるようなヒナの声に、一瞬、足を止めた。

 表情に変化はない。ただ、わずかに瞳が開いた気がする。

 

「……おはよう」

 

 足を止めた一瞬の動揺のあとに、低めの声が挨拶を返す。ヒナは席から立ち上がった。

 

「サクラ先生から、『桜統学』の授業の参考に、壱正くんの研究を見せてもらうよう言われたんだけど……時間あるとき、壱正くんの研究がどんなものか教えてくれないかな?」

「ああ……それなら、先生から連絡が来ていた。今でよければ、説明する」

「ありがと。助かる!」

「………………」

「あっ、おれ、鴨居 ヒナ」

「氏名は知っている。登録名が、『鴨居(かもい) (ヒナ)』になっているが……呼び名は、『鴨居さん』で……いいのだろうか?」

「へ?」

「……桜統は皆、基本的にアカウントの登録名で呼ぶ」

「そうなんだ?」

 

 こういう情報、すごく大事だ。生徒ならではの情報だ。

 言われずとも、名簿で確認した彼の名は『壱正』だったので、ヒナもそう呼んでいたが……。

 

「えーっと……おれは、『ヒナ』で。そのまま、呼び捨てでいいよ」

「分かった」

 

 自席についた彼は、タブレット端末を出しながらヒナを振り返った。研究を見せようとして、しかし、何か思い当たったように、

 

「……私は、順教寺(じゅんきょうじ) 壱正。こちらも呼び捨てでいい。よろしく、ヒナ」

 

 ヒナは、ずっと右の拳を握りしめていた。

 緊張と不安を掴んでいたその手を、やっと緩めて、

 

「——うん、よろしく壱正!」

 

 晴れやかな声が、教室に気持ちよく響いた。


(やった! ほんとに普通に話せた!)

 

 ヒナの脳裏には、サクラの助言が浮かんでいた。

 

 

——彼は、成績に重きを置いている。テストの点も、内申点も。評価に対しては貪欲な子だ。

——そんなの、おれにどうしようもないじゃないですか!

——いや、自分と同じく真面目な生徒とは交流するはずだ。『桜統学』について、私が君に参考例を見せようかと思っていたが……直接、彼に見せてもらうのがいいだろうね。忌憚(きたん)なく意見を伝えるといい。君が転入試験で満点を取った『特待生』であることは、みな知っている。彼も君の意見を取り入れたいと思うだろう。

——えぇ……なんかそれ、メリットがあるから付き合うみたいな……。

——友達は、双方にメリットがあるから成立するものだろう?

——先生、今なんか、先生としてすごく言っちゃいけないことを言ったと思います。

——君が録音していない限り問題はないよ。

——(先生としてじゃなくて、人として問題があるな)

——きっかけに(こだわ)るべきではないね。仲良くなれるかどうかは、ここから先の君次第だよ。

 

 

 サクラに貰った助言は、いろいろ突っこみどころがあるけれど、いったん目をつぶる。

 友達、欲しい。素直に言って、やっぱり欲しい。新生活さびしい。

 

(次は千綾くん……いや、『ルイ』くんだ!)

 

 放課後、ブレス端末で名簿を見て、ターゲットの呼び名を確認。

 教室で声を掛けてはいけない。できることなら、独りのときに。

 サクラにはそう言われたけれど、ひとつ結びの隣席の子が常にいたせいで、機会がなかった。

 

 帰りぎわの昇降口。ひとつ結びの子が、「先生から呼び出しが入ったようです。迎えは着いていますので、お先に帰っていてください」


(おれの運、最強だ!)

 

 遠巻きにストーカーめいたことをしていたところ、絶好の機会がやってきた。

 (はや)る気持ちのまま駆けていって、靴を取り出すルイに声を掛ける。

 

「——ルイくん、ごめん」

 

 ふっとこちらを向いたルイの瞳に、心臓が跳ねた。

 綺麗だ。見慣れない透明感が鼓動を(あお)る……いやいや落ち着け、素直に謝るんだ。

 

「おれっ、ルイくんに失礼なこと言ったの、すごい後悔してて……」

「………………」

「——おれも、言われるんだ。性別のこと言われるたび嫌だったのに、無神経なこと言って、本当にごめん」

 

 ルイは静かに聞いていた。

 数秒の沈黙を置いてから、ヒナは後ろ手に持っていた物を、そろそろと彼の瞳のもとに(さら)した。

 

「これ、お詫びってほどじゃないけど……良かったら」

「えっ」

 

 そこで、冷静だったルイの表情が崩れた。声も出ていた。

 高めだけど、女子じゃない。彼の声は、確かに男子のもの。

 

英国王室御用達(ロイヤルワラント)の洋菓子だ! しかも現地限定! これ、貰っていいの?」

「うん、ルイくんの気持ちを考えたら……これくらいは、当然かな、と」

「そんな気にしてないよ? 僕こそ昨日はごめんね? 琉夏(るか)くんが余計に絡んできたからさ、大人げなくムカついちゃった」


(切り替え早し……いや、いいんだ。いいんだよこれで。これを狙ってサクラ先生からお菓子を頂いてきたんだから)

 

 うっかり呆気(あっけ)に取られてしまったが、首を振ってごまかす。

 

「ほんと、よかった!」

「……そうだ、ヒナくん、今ひま? (うた)が先生に呼び出されちゃって、僕ひとりなんだよ。だからさ、カフェテリアでも寄って、このお菓子、一緒に食べようよ」

「え! いいのっ?」

「うん、迎えは待たせておくし……もともと、詩が戻って来るのを待っていようと思ってたんだ。麦くんも誘ってみよっか。図書館に行くって言ってたし、声かけたら来るかも」

 

 笑うと可愛い。昇降口の外から()し込む()が、ルイのミルクティー色の長髪をやわらかに透かしている。

 これが可憐(かれん)か。漢字テストでしか見たことのない言葉。初めて体感した。

 

(——友達、できた!)

 

 ちょっと卑怯(ひきょう)な手を使った気もするが、サクラの言うとおり、これは『きっかけ』でしかない。

 ここから仲良くなれるかは、おれ次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

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