06_Track2
客が絶えない。
寮横カフェテリアの入り口で客を捌く竜星に目を流し、ハヤトは吐息した。片付けの手は止めることなく動かしている。
普段なら閑散としている寮横カフェテリア(俺のせいらしいが)。てっきり今日の客も集まりにくいかと思っていたのに、表に列ができるほどの人気ぶりだった。
給仕の人手不足も心配されたが、客の回転がそれほど速くないため、少人数でもなんとかなっていた。寮横カフェテリアの座席が少ないのもある。
「麦。お前、休憩なくて平気なのか?」
手にしたプレートごと厨房に入り、せわしなく動いている麦に声を投げた。
どうやら品物が切れたらしく、麦は新しいケースを開けていた。
「うん、平気だよ。僕は動き回ってるわけじゃないし……ハヤトくんこそ、行ったり来たりで大変じゃない?」
「俺は午後に抜けるからな、今しっかり働かねぇと。……けど、麦はこの後もずっとだろ? 俺が変わるから、早めの昼休憩とったらどうだ? 今なら先生が入ってる分、表は余裕あるだろ」
「……そっか。じゃあ……お願いしようかな」
オーダーに活用されているブレス端末を通して、表のヒナたちに連絡を回した。
麦と交代して品出しをしていると、表から流れてきたのか琉夏が厨房に入ってきた。琉夏はプレートに載せてきたゴミを破棄しながら、ハヤトの方を見て嘆息した。
「なァ〜、オレ休んでいい? いま入ってる客、み〜んなサクラ先生しか見てねェんだけど」
担任のサクラがスペシャルゲスト枠で参加したのは10分前のこと。
『泣き顔が可愛い高校生』効果で(ヒナ本人は不服ながら)他校や後輩たちを引き寄せていたが、告知してあったサクラの加入時間には桜統の3年女子で表の列が埋まっていた。半分ほどが浴衣姿だったので、抹茶を振る舞っている茶道部のメンバーだろう。茶道部は例年浴衣を着て茶を点てている。(去年、抹茶と和菓子を目当てにした竜星に付き合って行った)
「生徒より目立つ教師ってど〜なの?」
「……仕方ねぇだろ。これで2Bのイメージが良くなるなら……俺には文句言う資格ねぇし」
届いたオーダー通りに、品物をロボに託して送り出す。
すると、出ていったロボとすれ違いでヒナまで厨房に戻ってきた。
「駄目だ、サクラ先生がぜんぶ攫ってく! おれのこと誰も見てないし休憩入っていいっ?」
今しがた耳にした琉夏のセリフと重複している。サクラに怒っていたヒナだったが、琉夏の存在に気づき、
「あっ、琉夏! なんで休んでんだっ?」
「だって今、あっち暇じゃん。入ってる客も、たぶん追い出さないと帰んねェよ?」
「……たしかに。え、大々的にサボっていいってことか?」
「ってか、並んでるコらには整理券でも配ってあげてよ。待つの可哀想じゃん?」
「あぁ、それ大事だな。おれ、メモ帳に番号書いて配ってくる」
「よろしく〜」
さらりと雑務を押し付けられたヒナが、気づかずに現場へと戻っていった。
持参したパンを黙々と食べていた麦が、数秒開いた厨房のドアから表を目にして、ぽそっと、
「……サクラ先生が、接客してる……」
幽霊でも見たかのように放心している。
琉夏が鼻で笑った。
「ありえねェよな〜? あのひと櫻屋敷の人間なんだけど? ほんとなら傅かれる側じゃん。こんなとこで執事ごっこしてンの異常じゃね?」
嘲るような言いぶりに、麦がそっと咎める視線を向けた。
「……琉夏くん。サクラ先生は、僕たちのために手伝ってくれてるんだよ」
「オレたち、っていうより、ヒナの為っぽくね?」
「え……?」
「ヒナが頼んだから受けたんじゃねェの? オレやハヤトが頼んだとして、執事ごっこなんてしてくれるワケなくねェ〜?」
「……それは、琉夏くんとハヤトくんが問題いっぱいだから……」
「……麦。今、オレらのこと『問題いっぱい』って言った?」
「ぁ……」
「ぁ、って何? ……オレとハヤト、そんな問題いっぱい?」
「ぅ……えっと……」
失言を誤魔化せずしどろもどろな麦をよそに、ハヤトは琉夏の意見について考えていた。
サクラは他の教師と違う。問題を起こしたハヤト自身にも正当に向き合ってくれているように思う。クラス合宿も認めてくれた。
……しかし。
——ヒナが頼んだから受けたんじゃねェの?
琉夏の言うとおり、執事の件を他のクラスメイトが頼んだとして、同じように受け入れてくれただろうか。
いま思えば、アカペラの曲作りにしても。
もともとサクラは、カフェテリアで頻繁にヒナの相談に乗っていたような感じではあったが……
「——こら、琉夏!」
思考に割り込んで、ヒナが厨房のドアを叩き開いた。
ヒナは睨む目で琉夏を捉えたかと思うと、麦のパンを貰おうとしていた琉夏の腕を掴んで、厨房から引っ張り出そうと。
「いつまで休んでんだ。暇なら竜星と代わってやれよ」
「えェ〜? ヒナが代わってあげればい〜のに……」
「俺は接客する。サクラ先生に負けてらんないからな!」
「ヒナが敵うわけねェ〜じゃん?」
「——敵わなくない!」
唐突に、声のボリュームが跳ね上がった。
冗談のつもりで話していた琉夏だけでなく、ハヤトと麦がわずかに驚いた顔をしたのを見て、ヒナはハッとして眉を下げた。
「あ、ごめん。声量バグ」
「……びっくりした。急にキレたかと思ったじゃん」
「ごめんって。……行こ。もうすぐ壱正たちと交代だしさ、ちゃんと働こうよ」
「ハイハイ」
「『はい』は一回な」
「ハイハイ」
「おいっ」
けらけらと笑う琉夏に突っこむ顔は、いつもどおり。呆れ笑いで去っていくヒナの後ろ姿を、わずかに引っ掛かる思いでハヤトは見送っていた。
「ハヤトくん。食べ終わったから、僕も手伝うよ」
「……あぁ、おう」
麦に話しかけられ、胸に差した違和感は、その理由を探られることもなく、ふっと霧散していた。




