06_Track1
全国の鴨居 雛ファンの皆さん、こんにちは。おれです。
いきなり何の挨拶だって感じでしょうが……おれ実は、軽くバズりました。全国放送のミュージック甲子園の効果で。やりました。さてさて、念願のモテライフが幕を開け……
「ヒナ先輩、可愛いー!」
1年女子の声が聞こえる。きゃいきゃいと高めの声で、それはもう可愛い声がおれの名前を口にする。
始まった学校祭の2日目。校内祭のクラス企画となる執事喫茶は開始早々に盛況だった。
8月半ばに放送されたミュージック甲子園は結果こそ散々だったものの、かえって同情票を集めたのか、SNSでは好評価。動画も拡散され、学園内でも一躍有名人となった2B企画の執事喫茶には、念願の女子がいっぱい。
だが、しかし。
「——ちがう! おれが欲しかったやつじゃないっ!」
「うるせぇよ」
休憩のため厨房端で水分を摂りつつ悲嘆に暮れていたところ、ハヤトから苦情が飛んできた。
てきぱきと動くハヤトは、厨房の手前とカフェテリアを行き来していて、たいへん忙しそうだった。今はテーブルを片付けてきたのか、手には食後のプレートを器用に載せていた。
次々とプレートを食洗機に仕舞う彼は執事服を着ている。執事服といっても、レンタル衣装から選んだそれっぽいデザインなだけなので、正式な物と同じかどうかは知らない。(表に出る以上ハヤトも着せとくか)くらいの適当さで着用が決定した。
水筒をテーブルに置き、執事姿のハヤトの背中に向かって、
「だってさ! 来る女子みんな『可愛い』しか言ってくんないんだ! ……おれ、『可愛い』って言われるのイヤなのにっ…… こんだけ女子が声掛けてくれるのに、『かっこいい』が一度もないなんて……くそぅっ……」
『泣き顔が可愛い高校生』
認知の要因はアカペラではない。知らないところで泣き顔を撮られていたらしく、不本意なバスり方をしていた。
「ごちゃごちゃ言ってんなよ。水分を摂ったなら早く戻れ。想定よりも客が来てんだ、しっかり働け」
「……うぃっす」
もう少し愚痴を聞いてほしかったが、奥にいる麦を見て素直に応じた。
ゆいいつ執事服を着ていない麦はエプロンで、オーダーと照らし合わせた菓子をドリンクとセットでロボに載せ送り出している。菓子もドリンクも提供された包装物をそのまま出すだけなのだが、とにかく客が多すぎて追いつかない。とても忙しそうだが、麦の顔は嬉しそうだった。
「ヒナくん、がんばって」
目を投げていたヒナに、麦は笑顔をくれた。
(そうそう、こういう応援の仕方をしてくれるとやる気でるんだよ。……ハヤトも見習ってくれ)
「……おい、なんで俺を見てんだ? なんだよ、その目」
「べつにぃ」
「なんか腹立つな?」
訝るハヤトの目から逃げて、表に出た。
こちらのスタッフは琉夏と竜星。軽音組は午後のライブで準備をするため、全員が午前枠で働いている。壱正・ルイ・詩は現在校内を回っているはず。
ただ、予想以上の人出で、菓子やドリンクの欠品も早そうだ。午後枠は早めに終わってしまいそうな予感。
「お帰りなさいませぇ〜」
受付を担当する竜星の声が響く。 最初から気になってたけど、どうも……違う。イントネーションのせいか執事感が微塵もない。
琉夏は琉夏で自由。
「オーダー何にすンの? 二人とも同じでいい?」
(いや、駄目だし)
ヒナの心の突っこみを意に介さず、琉夏は厨房に適当なオーダーを通して客と喋っている。
「お嬢様たち、他校だよな? あとでオレらのライブ来てくンない? 桜統生はみんな忙しくて来られないからさァ〜」
とってつけたような『お嬢様』に、ペラペラと嘘を。
校内祭でライブを認められた軽音組だが、実のところ集客が怪しい。アカペラで評価を得たものの、ハヤトは未だに2・3年生からは距離を取られがちだった。おそらくライブにも来ないだろうとみている。
他校生を確保すべく宣伝する琉夏を後目に、ヒナも竜星から引き継いだ新規の客についてオーダーを取る。
「——お帰りをお待ちしておりました。お茶のお時間にいたしましょうか」
全力の紳士ぶりで挑むが、
「私たち『ミュー甲』見て来ました!『泣き顔が可愛い高校生』の……」
「………………」
「あのっ、泣くまねとかしてもらえたら……。よかったら写真も……」
頬を染めた可愛らしい提案に、心の奥がチクリとしつつも、にっこりと却下する。
「致しませんっ。お写真もいけませんよ、お嬢様」
朝から何回も繰り返しているセリフ。
内心で(なんで誰ひとり『かっこいい』って言ってくんないんだ。琉夏なんて執事として雑なくせに言われてた。ずるい。おれも言われたい)ぐちぐちと不満を吐露していると、ひとつ奥のテーブルで片付けをしていたハヤトの横目が、こちらをちらり。心持ち笑っている気が。
「(人気があってよかったな)」
「(うるさいな! さっさと片付けしろよ!)」
唇の形だけで互いに憎まれ口を叩き合う。
期待はずれのモテライフとともに、慌ただしい一日が幕を開けていた。




