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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
ハロー・マイ・クラスメイツ
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01_Track05

 学園の敷地に、カフェテリアは複数ある。

 中等部と高等部にひとつずつ。全体から見て、南に当たる正門近くにひとつ。そして、寮から連結した建物にひとつ。計4つ。

 ヒナが向かったのは、最短距離の寮横のカフェテリアになる。2日前から寮生活をしているヒナは、とっくに4つのカフェテリアを制覇していた。休業期間であっても、部活動や桜統学園特有の研究活動によって、敷地内には人がいた。食事時間のカフェテリアも、半数は埋まっていたと思う。

 

 しかし、この寮横のカフェテリアだけは、ずっと閑古鳥(かんこどり)がピヨピヨとしている。ほかの場所はそれなりに賑わっていたのに、ここだけは別世界のようだった。もっとも簡素なせいか、人がいない。

 味は普通に美味(おい)しいので、ヒナは不思議で仕方がなかったが……過ごしやすいから、まぁいっか。

 

 一般的なカフェテリア方式でも、食券でもない。ブレス端末でオーダーして、おしまい。テーブルに座っていると、配膳ロボットが運んできてくれる。

 オムライスを頼み、がらんとしたテーブルを見渡していた。今日も一人もいない。ゼロ。みんな友達と校舎寄りのカフェテリアに行っているのだろうか。

 

(誰か来たら、今日こそ声を掛けてみよう)

 

 昨日、一昨日、他のカフェテリアで目が合った生徒には、とうとう声を掛けられなかった。ただひとり2年から転入となるヒナ以外は、誰しも顔見知りのような空気感で、うまく割って入れなかった。

 ここに来るということは、寮生である確率が高い。期待を胸に、入り口の方を気にしていて……

 質素なカフェテリアに不釣り合いなスーツが。

 

「サクラ先生っ?」

 

 びっくりして出たヒナの声に、整った顔が微笑を返した。

 

「先程ぶりだね」


 かすかに口角が上がるだけで、CGめいた顔は人間みを帯びる。

 サクラはヒナの向かいまで歩いてきた。

 

「学園や授業のことで、何か私に質問はあるか? よければ、昼食をとりながら聞こうか」

「質問……」

「とくにないか?」

「ある……あります。でも、質問って直接していいんですか? まずは学園のチャットボットを通すんじゃ……?」

「君たちが『先生』と話したいと思うなら、内容に(かかわ)らず尋ねてくれればいい。教師はそのためにいる」

 

 正面ではなく、ひとつ横。大きめのテーブルの斜め向かいに、サクラは席を着いた。

 

「君も寮生だから、ここの利用頻度が高いか?」

「へ? ……あ、はい。まぁ、そこそこ」


 朝食を入れてまだ3回目だが、今後頻度は上がるはず。嘘ではない、と考えていて、

 

(……君()?)

 

 サクラの(つか)った係助詞に、首をかしげたヒナ。

 サクラはブレス端末でオーダーを終えて、目を上げる。ヒナの疑問を読み取り、

 

「私も寮に住んでいる。生徒寮からカフェテリアを挟んで横にある建物は、職員寮だよ」

「えっ! サクラ先生もそんなとこにいるんですか?」

「通勤が(わずら)わしくてね」

「えぇ……? 先生、櫻屋敷家の御曹司(おんぞうし)じゃないですか。もっとこう……高級マンションとかに住んでくれないと、ぼくらの夢が壊れます」

「そう卑下する場所でもないと思うが……」

 

 オムライスが運ばれてきた。

 トレーをテーブルに移したヒナに、サクラが「私のことは気にせず食べなさい」

 ヒナは、いただきますの手を合わせつつも、迷う。もう少しくらいなら待てる。


「……あの、質問、いいですか?」

「ああ」

 

 オムライスと共に、二人分の水も運ばれていた。サクラが水を口に含んだのを見てから、ヒナは、そろーっと口を開く。

 

「ぼくたちのクラス、なんか生徒が少なくないですか? 中等部の別棟なのも関係あるんですか?」


——このクラス、ほんとにこの人数でいくんやなぁ?

 

 治安悪グループの会話から、少人数が異常なのは察していた。桜統学園は20人学級を(うた)っていて、全国的にも少ないほうだが、いくらなんでも8人は変だ。

 

 ヒナの質問に、サクラが答える。

 

「……困ったことに、現2Bは問題が多いと言われていてね。昨年度の時点でAクラスを希望する生徒が続出したため、異例の数になっている。2Bだけ離したのも、同様の理由だ」

「まじっすか。(じゃなかった……)そうなんですか。それって担任の責任問題にならないんですか?」

「前担任は本人の希望で代わっている。代理が見つからなかったから、教員免許を持つ私が受け持ったが……そうだね、新たに脱落者が出れば、私の責任になるかも知れないね」


(そのわりに呑気(のんき)。所詮、雇われじゃなくて経営側の人間だもんなぁ……あれ? 今年度、転入の受け入れが奇跡的にBクラスの枠で募集出てた理由、これか?)

 

「……あ、だからサクラ先生が全部の授業やってるんですか? 今日だけが特別じゃなくて……?」

「ああ、2Bは芸術科目の一部のみ別の教科担任がつく」

 

(桜統の芸術科目ってなんだったっけ。音楽と美術と……書道?)

 

「サクラ先生が全部教えるの、学園としては……いいんですか? 桜統って、『すべての授業が専修免許をもつ教科担任』宣言してませんでした?」


 サクラの専門が何かは知らない。ヒナが知る経歴では、情報工学で認められていたような。そちらで天才と評されていようとも、国語や社会は専門外なのでは。

 

(せっかくエリート校に入ったんだから、国語も数学も、専門の先生から習いたい……) 

 

 ヒナの不満は顔に出ていなかったはず。けれども、サクラはくすりと笑みを鳴らして、

 

「心配は要らない。同レベルの知識と教育方法は得ている。2Bの保護者にも、事前説明をして了承をもらえているよ」

「(おれのとこ、説明なかったです)」

「君の施設の(かた)にも話は通してあるが、聞いていないか?」

「いえ、聞いてないです……」

「そうか、それは悪かったね」

 

 絶妙なタイミングで配膳ロボットがやってくる。媚びていきたいヒナに、文句なんて言うつもりはないが……それでも、あと一言くらい、何か言いたかった。親がいないから、ぼくは見逃されがちですよね、みたいな。これは嫌みっぽくてダメか。

 

「私の食事を待っていてくれて、ありがとう。食べようか」


 不意の感謝が、もやもやを()き消す。

 一緒に手を合わせて、「いただきます」を重ねると……

(誰かと食べるの、久しぶりだ)

 少しばかり、ほだされる。気持ちを切り替えて質問を再開する。

 

「クラスに問題が多いって、ひょっとしてイジメですか」

(怖い感じのひと、いましたもんね。金髪とか虹色とか)

 

 オムライスは少し冷めていた。

 サクラは日替わり定食の野菜炒めらしきものを食べている。似合わない。ヒナの心の感想は聞こえておらず、サクラは質問にだけ答える。

 

「『いじめ』がないとは言えないね」

「(担任の先生がそんなこと言っちゃうのか)」

「『ない』と断言する教師は、恐ろしくないか?」

「……おそろしい?」

「間違いなく『ない』と確信するほど知り尽くしているにしても、盲目的に『い』と信じているにしても……どちらにしても、恐ろしい存在ではないか?」

「……ぼくは、イジメを見ないふりする先生のほうが怖いと思いますけど……」

 

 言いすぎだろうか。媚びるつもりが、批判的なことを口にしている気がする。

 取り消す前に、サクラが言葉を結んだ。

 

「私は、生徒間の()め事には極力介入しない」

「(放任主義?)」

「本人が助力を求めてくるのなら、助言はしよう。だが、逃げたいと望む者を止めはしない」

「……それって、つまり、『Bクラスを抜けたかったら、いつでも抜けていいよ』って……ぼくに、言ってますか」

「そう聞こえるか?」

「………………」

 

 チェリー、聞いてほしい。

 この先生、けっこうクズかも知んない。

 だってさ、転入したばっかりの俺に、ぜんぜん親身じゃないんだ。

 

 ヒナは脳内のチェリーに語りかけながら、もぐもぐとオムライスを咀嚼(そしゃく)する。

 

——クラスメイトと仲良くなれそうになくて困ってます。

 

 なんて言ったところで、流されそう。

 そもそも学力重視の桜統学園。友達を怒らせたとか、誰とも仲良くなれなかったとか、この段階の話は大したことではないと切り捨てられそう。

 ……でも、


——本人が助力を求めてくるのなら、助言はしよう。

 

 サクラは、そう言った。

 助けを求めたら、本当に助言をくれるのだろうか。それとも、ただの社交辞令なのか。

 懐疑と期待が半々で、でも口からは、ぽつりと出ていた。

 

「……助けを求めたら、アドバイスは必ずくれるってことですか……?」

 

 小さな声は届いたようで、サクラはヒナと目を合わせ微笑んだ。

 

「何か、私に助けてほしいことがあるのか?」

 

 言うべきかどうか。決めるには、オムライス一口分の時間を要した。

 

「……先生に、こんなこと言う子、多分あんまりいないと思うんですけど……おれ、クラスの子と、仲良くなりたくて……」

 

 サクラの箸は止まっている。

 

「まだ、誰とも仲良くなれてないんです。千綾くんに『男子?』って言って、怒らせちゃったし……」

「——君は、クラスメイト全員と仲良くなりたいのか?」

「できれば。……いや、でも、合わなさそうな子もいたので、今はそうでもないです。ひとりでもいいから、友達ができたら、うれしい……」


 ……おれは高2にもなって何を言ってるのだろう。

 こんなの、幼稚園児の願い事じゃないか。『友達百人できますように』そこまで大規模じゃないけれども、言っていることは同レベルだ。高校生が教師に訴えることじゃない。

 ——恥ずかしくなってきた。

 

「……いや、なんでもないです! そんなことより、まずは勉強を頑張ります。ぼく特待生ですもんね。勉強がいちばん大事です」

 

 早口に言いきって立ち上がる。食べ終えていたトレーを引っ(つか)み、「お先に失礼します」相談はなかったことにして席を離れようとした。

 

「待ちなさい」

 

 サクラの呼び止める声に、背を向けていたヒナの肩がこわばる。ぎこちなく振り返ると、サクラは変わらずに微笑を浮かべたまま。

 

「助言の受け取りを忘れているよ?」


 冗談のつもりか、軽い響きで唱えると、サクラは首を傾けた。軽やかな雰囲気をもって、その目を細める。

 

「——どこから攻略したい?」

 

 悪魔のような微笑みが、なんだか恐ろしいことを。


 チェリー、聞いてほしい。

 この先生、けっこう変かも知んない。

 

 

 

 

 

 

 

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