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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
青春をうたおう
58/79

05_Track19

 ひとしきり泣いて、胸のつかえが取れた。目の腫れた顔も気にせず、ヒナは笑顔を浮かべた。

 

「おれらが一番だったな! みんな上手だったけど……でもやっぱ、おれらが一番かっこよかったな!」

「そぉやろ? 帰ったらテレビも見よなぁ〜」

 

 竜星と話すヒナは普段の調子を取り戻していた。

 元気ではあったが目は赤い。泣いた跡は消えることなく、合流したサクラの目にも入った。

 サクラはヒナの悔しさには触れなかったが、提案をひとつ。

 

「帰る前に、寄り道でもしようか」

「……よりみち?」

 

 学園のバスで立ち寄った先は、

 

 

「海っ!」


 ヒナの歓喜の声があがった。

 夕暮れにはまだ早いが、空の雲はうっすらと桃色を帯び、水平線の先まで海が広がっている。

 

「すごい! おれ初めて来たーっ!」

 

 即座に靴を脱ぎ捨て、止まることなく砂浜へ行ってしまったヒナに、クラスメイトは(あき)れるかと思いきや、

 

「泳ごォ〜!」

「あほ、着替えがないやろっ。せめて脱いで行き!」


 はしゃぐ琉夏。竜星も追いかけていく。

 遅れてきたハヤトも、

 

「お前ら落ち着け……待て、脱ぐなっ! 泳ぐのは駄目だ!」

 

 服に手を掛ける先発組を制止しに、慌てて走っていった。

 壱正と詩は、のんびりと、

 

「砂浜が、まだ熱い」

「本当ですね」

 

 脱いだ靴をきちんと並べ、サクラとともにゆっくりと波打ち際へ。サクラだけは、波を避けるように靴を履いたまま歩いていた。

 

「カニ! カニがいる! ハヤトいけっ! 捕まえるんだっ!」

「無茶言うなっ」

 

 ズボンを(まく)り上げた生徒たちが、素足で浅瀬を駆け回る。飛沫を浴びてはしゃぐ姿に、サクラは目を細めて微笑んだ。

 

「記念に写真を撮ってあげようか?」

「あっ、欲しい! お願いしますっ」

 

 離れた所から向けられたサクラのスマホに、ヒナが笑って振り返る。

 撮った直後、サクラのスマホに通知が届いた。

 

「……上葛(うえくず)さんから連絡が来ているよ。こちらの様子を気にしているようだから、写真を送ってあげてもいいかな?」

「はーい!」


 応えるヒナの表情に、もう(かげ)りはない。

 初めての海に興奮し、「砂浜を走ろ! 青春っぽいから!」などと言って、琉夏や竜星に「ヤだ」「いやや」さらりと断られている。

 ひとりで走り出しそうな勢いのヒナだったが、踏み出したところで波に足を取られた。

 

「ぅわっ」

「おい!」

 

 転びかけたヒナを、ハヤトが慌てて支えた。

 斜めになったヒナの体が、まっすぐに戻される。

 

「あっぶなぁ……」

「気をつけろよ……」

「わるいわるい」

 

 軽い謝罪で振り仰ぐヒナに、ハヤトが溜息をつく。

 ハヤトの呆れ顔を見上げたヒナは、わずかに眉を下げ、苦笑いを浮かべた。

 

「おれ、ハヤトに迷惑かけてばっかだな?」

 

 ヒナはふっと目を伏せ、

 

「……ごめんな?」

「べつに。迷惑なんて思ってねぇよ」

「いや、もっとちゃんと謝んないといけないことがあるんだ」

「は?」

 

 ヒナは笑顔を消して、真摯な瞳を見せた。

 

「ネットで、ハヤトのお母さんのことが話題に出てた」

「………………」

 

 重なった目の奥。ハヤトは無言だったが、答えはあった。

 じっと止まっているハヤトの瞳に向けて、ヒナは静かに話し続ける。

 

「参加するの、ハヤトは『嫌だ』って言ってたのに、おれが無理に誘ったから……。お母さんの話は、他人に知られたくないことだったよな? ……ほんとに、ごめん」

 

 黙って聞いていたハヤトは、そろりと下げられたヒナの頭に手を伸ばした。

 

「ばか……そんなの、どうでもいいだろ」

 

 ぐしゃぐしゃっと乱雑に撫でて、ハヤトはヒナに言葉を返した。

 離れた掌の下で、ヒナの顔が上がる。わずかに不安が残るヒナの目に、ハヤトが困った顔をした。

 

「そんなこと今更どうも思わねぇよ。……つぅか、それよりも俺は、お前が傷付くほうが……」

 

 ヒナの目が、パチリと開く。

 言いかけたセリフに、ハヤト自身も困惑した。

 

「いや、なんでも……」


 ——なんでもない。

 そう片付けようとしたハヤトを無視して、突如ヒナが大声を。

 

「ハヤト!」

「うおっ……」

 

 脈絡なく拡大した声量に、ハヤトの心臓が跳ねる。

 ヒナの背後で「やったわぁ〜!」と叫び、カニを捕まえた竜星は獲物を掲げたものの、ヒナの大声に驚き、パッと手を離してしまった。

 ——何ごと?

 海に夢中だったクラスメイトたちの視線が、一斉にヒナへと向く。ヒナはひどく真剣な顔で、

 

「おれ、ハヤトに言っておきたいことがある」


 急な前置き。

 言われたハヤトは話の流れを掴めず戸惑うが、ヒナの一途な瞳に押されて「お、おぉ?」あいまいに応じた。

 ヒナの迷いのない目に(さら)されて、変に緊張していく身を感じつつ、

 

「……なんだよ?」

 

 ——1秒だけ、

 

(なんか告白みてぇだな?)

 

 絶対に違うのだけれども、ハヤトの脳裏で都合勝手なイメージが重なった。

 当然その想像は裏切られるのだが、

 

「おれより先に彼女を作んないでほしい!」

「…………は?」

 

 予想の斜め上を超える、とっても意味の分からない主張が聞こえて、思いっきり眉を寄せていた。

 空耳を疑うまでもなく明瞭かつ大きな声だった。周りにいた皆もきょとんと止まっていた。

 

 (いぶか)しげなハヤトを置いて、ヒナは懸命に語っていく。

 

「おれ、お前みたいな『女子なんてうぜぇ』とか思っちゃってる少女漫画にいそうなクール男子ムーブかましてるヤツがモテるのだけは本当に許せなくて!」

「………………」

「今もすっごいかっこいいこと言おうとしたろ? そういう無自覚でイケメンなこと言っちゃうヤツがモテるんだ……モテたくないくせにモテるんだ……ずるいと思うんだ……」

「………………」

「おれ、そんなヤツに先越されたら絶望だからやめてほしい! ごめんだけど、ハヤトにはずっと副会長から逃げ回ってるレベルでいてほしい! 頼むから、おれが彼女つくるまで彼女つくんないでっ」

「………………」

 

 ヒナの言い分は波音に呑まれることなく、全員の耳に冴えざえと響き渡った。

 

 茫然とした竜星が、ぽつり。


「……すごいわ。青春を絵にしたような光景を背に、ここまで自己中心的な発言は普通できん……」

「いや、何に感心してンの?」

 

 呟きを拾った琉夏が小声で突っこむ。

 

 皆の視線も意に介さず、ヒナはニコッと最高の笑顔を浮かべた。

 

「頼むな、ハヤト!」


(……こいつ、海に沈めてやろうか)

 

 物騒なことを思うハヤトは、着替えがないことを考慮して思いとどまる。

 せめて何か文句をぶつけてやろうとしたが……

 

(——まぁ、笑ってるなら……いいか)

 

 泣き顔をすっかり忘れさせる満面の笑みに免じて、胸中の不満には特別に目をつぶることにした。

 

 

 

 

 

 

 

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