05_Track19
ひとしきり泣いて、胸のつかえが取れた。目の腫れた顔も気にせず、ヒナは笑顔を浮かべた。
「おれらが一番だったな! みんな上手だったけど……でもやっぱ、おれらが一番かっこよかったな!」
「そぉやろ? 帰ったらテレビも見よなぁ〜」
竜星と話すヒナは普段の調子を取り戻していた。
元気ではあったが目は赤い。泣いた跡は消えることなく、合流したサクラの目にも入った。
サクラはヒナの悔しさには触れなかったが、提案をひとつ。
「帰る前に、寄り道でもしようか」
「……よりみち?」
学園のバスで立ち寄った先は、
「海っ!」
ヒナの歓喜の声があがった。
夕暮れにはまだ早いが、空の雲はうっすらと桃色を帯び、水平線の先まで海が広がっている。
「すごい! おれ初めて来たーっ!」
即座に靴を脱ぎ捨て、止まることなく砂浜へ行ってしまったヒナに、クラスメイトは呆れるかと思いきや、
「泳ごォ〜!」
「あほ、着替えがないやろっ。せめて脱いで行き!」
はしゃぐ琉夏。竜星も追いかけていく。
遅れてきたハヤトも、
「お前ら落ち着け……待て、脱ぐなっ! 泳ぐのは駄目だ!」
服に手を掛ける先発組を制止しに、慌てて走っていった。
壱正と詩は、のんびりと、
「砂浜が、まだ熱い」
「本当ですね」
脱いだ靴をきちんと並べ、サクラとともにゆっくりと波打ち際へ。サクラだけは、波を避けるように靴を履いたまま歩いていた。
「カニ! カニがいる! ハヤトいけっ! 捕まえるんだっ!」
「無茶言うなっ」
ズボンを捲り上げた生徒たちが、素足で浅瀬を駆け回る。飛沫を浴びてはしゃぐ姿に、サクラは目を細めて微笑んだ。
「記念に写真を撮ってあげようか?」
「あっ、欲しい! お願いしますっ」
離れた所から向けられたサクラのスマホに、ヒナが笑って振り返る。
撮った直後、サクラのスマホに通知が届いた。
「……上葛さんから連絡が来ているよ。こちらの様子を気にしているようだから、写真を送ってあげてもいいかな?」
「はーい!」
応えるヒナの表情に、もう翳りはない。
初めての海に興奮し、「砂浜を走ろ! 青春っぽいから!」などと言って、琉夏や竜星に「ヤだ」「いやや」さらりと断られている。
ひとりで走り出しそうな勢いのヒナだったが、踏み出したところで波に足を取られた。
「ぅわっ」
「おい!」
転びかけたヒナを、ハヤトが慌てて支えた。
斜めになったヒナの体が、まっすぐに戻される。
「あっぶなぁ……」
「気をつけろよ……」
「わるいわるい」
軽い謝罪で振り仰ぐヒナに、ハヤトが溜息をつく。
ハヤトの呆れ顔を見上げたヒナは、わずかに眉を下げ、苦笑いを浮かべた。
「おれ、ハヤトに迷惑かけてばっかだな?」
ヒナはふっと目を伏せ、
「……ごめんな?」
「べつに。迷惑なんて思ってねぇよ」
「いや、もっとちゃんと謝んないといけないことがあるんだ」
「は?」
ヒナは笑顔を消して、真摯な瞳を見せた。
「ネットで、ハヤトのお母さんのことが話題に出てた」
「………………」
重なった目の奥。ハヤトは無言だったが、答えはあった。
じっと止まっているハヤトの瞳に向けて、ヒナは静かに話し続ける。
「参加するの、ハヤトは『嫌だ』って言ってたのに、おれが無理に誘ったから……。お母さんの話は、他人に知られたくないことだったよな? ……ほんとに、ごめん」
黙って聞いていたハヤトは、そろりと下げられたヒナの頭に手を伸ばした。
「ばか……そんなの、どうでもいいだろ」
ぐしゃぐしゃっと乱雑に撫でて、ハヤトはヒナに言葉を返した。
離れた掌の下で、ヒナの顔が上がる。わずかに不安が残るヒナの目に、ハヤトが困った顔をした。
「そんなこと今更どうも思わねぇよ。……つぅか、それよりも俺は、お前が傷付くほうが……」
ヒナの目が、パチリと開く。
言いかけたセリフに、ハヤト自身も困惑した。
「いや、なんでも……」
——なんでもない。
そう片付けようとしたハヤトを無視して、突如ヒナが大声を。
「ハヤト!」
「うおっ……」
脈絡なく拡大した声量に、ハヤトの心臓が跳ねる。
ヒナの背後で「やったわぁ〜!」と叫び、カニを捕まえた竜星は獲物を掲げたものの、ヒナの大声に驚き、パッと手を離してしまった。
——何ごと?
海に夢中だったクラスメイトたちの視線が、一斉にヒナへと向く。ヒナはひどく真剣な顔で、
「おれ、ハヤトに言っておきたいことがある」
急な前置き。
言われたハヤトは話の流れを掴めず戸惑うが、ヒナの一途な瞳に押されて「お、おぉ?」あいまいに応じた。
ヒナの迷いのない目に晒されて、変に緊張していく身を感じつつ、
「……なんだよ?」
——1秒だけ、
(なんか告白みてぇだな?)
絶対に違うのだけれども、ハヤトの脳裏で都合勝手なイメージが重なった。
当然その想像は裏切られるのだが、
「おれより先に彼女を作んないでほしい!」
「…………は?」
予想の斜め上を超える、とっても意味の分からない主張が聞こえて、思いっきり眉を寄せていた。
空耳を疑うまでもなく明瞭かつ大きな声だった。周りにいた皆もきょとんと止まっていた。
訝しげなハヤトを置いて、ヒナは懸命に語っていく。
「おれ、お前みたいな『女子なんてうぜぇ』とか思っちゃってる少女漫画にいそうなクール男子ムーブかましてるヤツがモテるのだけは本当に許せなくて!」
「………………」
「今もすっごいかっこいいこと言おうとしたろ? そういう無自覚でイケメンなこと言っちゃうヤツがモテるんだ……モテたくないくせにモテるんだ……ずるいと思うんだ……」
「………………」
「おれ、そんなヤツに先越されたら絶望だからやめてほしい! ごめんだけど、ハヤトにはずっと副会長から逃げ回ってるレベルでいてほしい! 頼むから、おれが彼女つくるまで彼女つくんないでっ」
「………………」
ヒナの言い分は波音に呑まれることなく、全員の耳に冴えざえと響き渡った。
茫然とした竜星が、ぽつり。
「……すごいわ。青春を絵にしたような光景を背に、ここまで自己中心的な発言は普通できん……」
「いや、何に感心してンの?」
呟きを拾った琉夏が小声で突っこむ。
皆の視線も意に介さず、ヒナはニコッと最高の笑顔を浮かべた。
「頼むな、ハヤト!」
(……こいつ、海に沈めてやろうか)
物騒なことを思うハヤトは、着替えがないことを考慮して思いとどまる。
せめて何か文句をぶつけてやろうとしたが……
(——まぁ、笑ってるなら……いいか)
泣き顔をすっかり忘れさせる満面の笑みに免じて、胸中の不満には特別に目をつぶることにした。




