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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
青春をうたおう
57/79

05_Track18

 ステージは最高だった。

 もし何度やり直したって、あれ以上はできない。断言できる。ヒナの人生で、間違いなく、最高の音楽だった。

 

 ——でも、現実は。

 

 

「アカペラではない」

 

 突き放すようなその一言に、ヒナはしばし言葉を失った。

 歌い終えてすぐに始まった審査員たちの採点。ヒナたちが得た点数は比較的に低かった。

 困惑したヒナに、極端に低い点数をつけた審査員が批評を述べた。

 

「パフォーマンスに力を入れすぎていた。テーマはアカペラなのだから、純粋に歌で勝負をしてほしかった」

 

 ネームプレートの肩書には、有名な音楽大学の教授であると記されている。

 胸の奥に、ざらつく感情が広がっていく。止まっていたはずのヒナの声が、思わず反論を口にした。

 

「ミュージック甲子園のテーマって、『音楽』と『青春』じゃないですか! 青春って、独りじゃ難しくて……だから、一緒に……! 外から聴いてるだけじゃなくて、みんなで飛び込む……それが青春だって、思って……!」

 

 ひとりで完結せずに、誰かと作り上げるのが——青春だと思った。

 この短い高校生活で、それがヒナにとっての答えだった。

 

 自然と強まった声を、ハッとして抑える。司会者や観客の目が意識に入った。

 反論したところで結果は変わらない。点数は明確に定まってしまった。

 胸に湧く感情をとどめて、笑顔を……

 

「いや……えっと、なので……おれの解釈違いというか……評価してもらえなかったのは、おれのミスです……ね」

 

 精一杯、平静を装ってコメントを返した。

 笑ってみせたヒナを慰めるように、司会者が優しい声で話をまとめる。

 

「観客の盛り上がりは素晴らしかったですね。今大会で一番の活気だったかも知れません。桜統学園の皆さん、楽しいステージをありがとうございました」

 

 鳴り響く拍手に背を向けた。

 笑顔を保てる自信がなくて、真っ先にステージを後にしていた。

 

 ステージ裏に入った瞬間、背後からついて来たハヤトが、

 

「ヒナ」

 

 心配するような響き。

 振り返って、平然と笑おうとした。

 残念だったなー、おれが下手だしな。最初のまま曲は変えないほうがよかったのかな。

 なんでもいいから、いつもみたいに軽い言葉で返そうと……したのに。

 

「……納得いかないっ」

 

 ハヤトと目が合った途端に、ヒナの胸で押し付けたはずの感情が——あふれていた。

 

「おれたちの音楽、ほんとうに最高だったのに……なにが駄目だったんだろ。 ……ごめん、おれが曲を変えなかったら……もっと評価されたかも知んないのにっ……」

 

 ハヤトの後ろで、「残念やったなぁ」と会話していた竜星たちも、ヒナの言葉を耳にして目を向ける。

 普段なら明るく流すはずのヒナが、思い詰めた表情でこぼした本音に、チームメイトたちは驚いたようすだった。

 ハヤトが最初に応える。

 

「謝んなよ。お前のせいじゃねぇだろ」

「……でもっ……」

 

 琉夏はヒナとの距離を埋め、長躯(ちょうく)を折って笑いかけた。

 

「曲変もパフォーマンスも連帯責任じゃん。ってか、あんなおっさんの評価なんて気にしてンの? どう見てもオレらが一番カッコよかったよなァ〜?」

 

 ひょこりと横から顔を出した竜星も、にっこり笑ってうんうんと頷く。

 

「審査員が『あんぽんたん』やな。うちらの良さが分からんなんて可哀想やわ」

 

 竜星が肩をすくめて溜息をつくと、隣に並んだ壱正も真面目な顔で同意した。

 

「ああ、可哀想なことをしてしまった。審査員はステージ横で聴いていただけだから、きっと仲間に入れてほしかったのだろう」


 壱正の意見に(いくらなんでも、それは違うやろ……?)ちろりと竜星が目を流す。

 壱正と竜星の様子を笑いながら、詩がヒナの前へ足を寄せた。

 詩はヒナの顔をのぞき込むように目を合わせて、柔らかく笑顔を見せ、


「ヒナさん、私は楽しかったですよ? ……心が、ドキドキ・ワクワクしました。誘ってくださって本当にありがとうございます。皆さんと一緒に歌ったり相談したりする時間が、とても楽しいものだと知ることができました。……これが青春ですね?」

「っ……」


 詩に言葉を返そうとしたヒナの声は、音にならず。

 開きかけた唇は、吐息の音をもらして嗚咽(おえつ)を呑み込んだ。

 込み上げる気持ちが瞳からこぼれていく。涙とともに、胸の奥に押し込めていた思いが、静かにあふれ落ちた。

 

「でもっ……優勝……したかったっ……」

 

 ——誰も悪く言えないくらいの、完全勝利が欲しかった。

 素直に口から出た本心と、頬を伝う涙に、

 

(……おれ、泣いたのなんて、いつぶりだろ……?)

 

 戸惑う気持ちがあったけれど、あふれる悔しさは抑えられない。

 

 くやしい、くやしい、くやしい。

 あんなにも頑張ったのに。全力を尽くしたのに。

 

 今までヒナは、勉強した分はきちんと成果を得てきた。努力すれば、必ず得るものがあった。

 努力しても評価されないことがあるなんて——そして、それがこんなにも(つら)いなんて。

 報われない思いが、涙になってあふれていく。

 

 泣き出してしまったヒナに、チームメイトたちは(よっぽど悔しかったんだから、泣かせてやってもいいよな?)そろりと目配せしていたが……

 ふと、竜星が肘でハヤトを小突いた。

 竜星の視線の先を、皆が追った。ステージ裏を映すテレビカメラが、ヒナに向いていた。

 

 CMへの繋ぎに見せる、舞台裏の青春。

 泣くほど悔しかったんだね——と。ストーリー性のある一場面を、視聴者の興味を()くために撮っていたのだろう。

 

 ヒナの泣き顔がクローズアップされていると理解したハヤトが、とっさに、

 

「映すな。見せもんじゃねぇよ」


 低い声で脅して、ヒナの頭を腕で隠すように抱き寄せた。

 脊髄反射の行動だったが、自分の胸に当たったヒナの頭に、

 

(いや、この対応は違うな……?)

 

 距離感を反省してすぐに離そうとした。

 しかし、ヒナの頭が頼るように寄り掛かってきて——離せなくなった。

 動揺したハヤトに、竜星が苦笑して囁く。

 

「(しばらく隠してあげて?)」

 

 大義名分を与えられ、ハヤトは身じろぎせず。

 チームメイトたちも、周りの好奇の目からヒナを隠すように身を動かした。

 

 ほんのわずかな時間だったけれども……誰も何も言わず、ただ静かに待っていた。

 ヒナの涙が止む、その瞬間まで。

 

 

 

 

 

 

 

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