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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
青春をうたおう
56/79

05_Track17

 始まりは、ハヤトのフィンガースナップ。指を鳴らしてリズムを取る。

 ドラムスティックのように、音楽の心臓を刻む。

 

 パチン、パチンと示される拍動に、コーラスを重ねていく。

 調和した響きのなか、詩が観客に語りかけた。

 

「——皆さま、こんにちは。私たちの歌は、よろしければ立ち上がってお聴きください。長時間お座りいただいているお体のストレッチも兼ねて……ぜひ歌に身を乗せ、ご自由にお楽しみください」

  

 歌うような誘い文句に、逡巡(しゅんじゅん)なく立ち上がった前方の観客——サクラだ。

 ヒナ以外のチームメイトも気づいたに違いない。

 ひとりの動きを誘い水にして、観客が立ち上がっていく。そういった演出なのだろうと、錯覚して。

 

 観客の動きが静まり、詩の低く澄んだメロディーが伸びやかにホールを満たした。

 重厚な声質がコーラスを(まと)い、いっそう深みを出して音楽の世界に誘い込む。

 

 誰も知らない。だからこそ、一度聴いたら頭から離れないような、そんなメロディーと歌詞を考えた。

 詩から始まって、それぞれに手渡されていく大事なソロのフレーズ。

 

 始まりが終わると、音楽はがらりと雰囲気を変える。

 クラップとストンプが飾るアップテンポ。竜星の口笛がホールに気持ちよく響き渡り、掲げた両手でクラップを促す。

 

(さすが竜星、慣れてるな)

 

 ためらいなく観客に笑顔を振りまいた竜星。ヒナは舌を巻く。

 竜星と目が合った観客が笑顔で手を叩き、瞬く間に周囲へとクラップの輪が広がった。

 軽やかで楽しい曲調を、沢山のクラップが盛り上げていく。一気に賑やかになった音楽の上を駆けるように、受け取ったフレーズをソロで歌いきった竜星が、ヒナに向けて笑いかけた。

 

——まだ緊張してるん?


 からかいの声が聞こえた気がする。

 竜星を軽く睨んで高音のハーモニーをぶつけた。じゃれ合うような明るい響き。

 ヒナがわずかに音を外すと、

 

「あれ? 調子わりィ?」

 

 琉夏が合いの手みたいなアドリブを突っこんだ。

 ヒナが「うるさいなっ」と返せば、続けて笑う声まで音楽になる。練習のときからあった掛け合いに、体の緊張が一気にほぐれた。

 自由でポップな空気。音に合わせるだけで、どんな会話も——失敗さえも、一度きりの音楽になる。

 

 観客が笑う声も聞こえた。クラップを通して共有する音楽は、気持ちが乗れば乗るほどテンポが上がっていく。

 その走る音楽を支配すべく、低音が中心のセクションに入った。

 ぐっとキーが下がり、メロディーはハヤトと壱正に乗っ取られる。

 

 壱正のソロは音程が安定している。しっかりと地に足をつけるような、正確な音が響いていく。安心する響き。

 ヒナと目を合わせた壱正は、

 

——大丈夫だ。


 力強く、頷いてくれた。

 音楽を支えてくれる歌声は、壱正の性格を映している。

 

 ヒナと観客が安心しきったタイミングで、ハヤトが声をあげた。

 気持ちが(たかぶ)ったような(あお)り声。ロックだ。

 魂を叫ぶ激しい調子なのに、声質は響きやすく、伸びる歌声は印象的に揺れる。

 

 ——似ている。生き写しのように、歌手の歌い方が重なる。

 母親のことは確かめていない。

 長く時間を共にしているのに、ヒナはハヤトのことをあまり知らない。母親に限らず、父親のことも訊けない。

 

——ひとりで完結すんな。遠慮せず、なんでも言え。

 

 あのとき思った。

 壁を作っているのは、もしかすると自分かも知れない。

 

 胸の奥底に在る自分を(さら)したくない。

 今だけは、このままで。

 自分にプレゼントした、高校2年生という自由な時間を大切にしたい——。

 

 ふいに鋭い()り目がヒナを捉える。

 挑発するように笑うので、こちらも同じ心意気で返した。

 

(……いつか。将来の夢を語ったときみたいに、ハヤトには本当の夢を話せると——いいな。……無理かな。チェリーにも話せないのに……)

 

 ヒナの淡い迷いを振り払うように、音楽は再び調子を変えた。

 

 琉夏のターン。物怖(ものお)じしない性格が生み出す華やかな響き。

 手慣れたようすで歌いながら歩き出した琉夏が、ひらりとステージを降りた。

 

 えっ?

 観客の戸惑いが伝わる。スタッフも驚いた顔を見せる。

 チームメイトに動揺はない。琉夏の流れは打ち合せどおりの動きだった。

 

 竜星、詩、ハヤト、壱正も順に降りていく。

 観客席の通路を進み、等間隔にバランスよく。ホールで円を作るように。

 

 ステージに残されたヒナは、5人の歌声にのせて、いつもの弾けるような明るい声で頼んだ。

 

「——おれのソロは、みんなで歌って! 歌うの苦手だから、一緒に支えてほしいっ!」


 ヒナのソロは、練習で完成しなかった。

 どうしても声量が足りず、音程も不安定。

 ——ならばいっそ、誰かに助けてもらおうか。非現実的な案を叶えるために、ここまでの流れを作った。

 

 呼びかけで立ち上がらせ、次に手を叩いてもらう。ハードルの低いものから、ひとつずつ。観客を誘導していく。

 竜星の口笛や琉夏の突っこみ、ハヤトの感情任せの声。アドリブっぽい音を盛り込むことで、自由な空気を演出した。

 

——ラストは、みんなで。


 繰り返されたメロディは、観客の頭に刷り込まれている。

 ラストは、誰でも口ずさめるように、ゆっくりとテンポを落とす。

 全員で重ねられるように。

 

 一緒に歌って。

 一緒に青春をうたおう。


 強いメッセージに誘われてあふれる声は、ゆるやかに大きくなっていく。

 マイクを通したヒナの声を押し上げるように、ホールを包み込んで反響した。

 

(わぁ……)

 

 ひとつになる音が、心臓まで深く深く響く。

 会場のみんなと一体化したような、音楽に身が震えるような快感。

 

 強く重なる歌声の響きに、まるでヒナたちが世界の主役であるかのような……。

 まぶしい誇らしさで、胸がいっぱいになった。

 

 

 

 

 

 

 

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