05_Track17
始まりは、ハヤトのフィンガースナップ。指を鳴らしてリズムを取る。
ドラムスティックのように、音楽の心臓を刻む。
パチン、パチンと示される拍動に、コーラスを重ねていく。
調和した響きのなか、詩が観客に語りかけた。
「——皆さま、こんにちは。私たちの歌は、よろしければ立ち上がってお聴きください。長時間お座りいただいているお体のストレッチも兼ねて……ぜひ歌に身を乗せ、ご自由にお楽しみください」
歌うような誘い文句に、逡巡なく立ち上がった前方の観客——サクラだ。
ヒナ以外のチームメイトも気づいたに違いない。
ひとりの動きを誘い水にして、観客が立ち上がっていく。そういった演出なのだろうと、錯覚して。
観客の動きが静まり、詩の低く澄んだメロディーが伸びやかにホールを満たした。
重厚な声質がコーラスを纏い、いっそう深みを出して音楽の世界に誘い込む。
誰も知らない。だからこそ、一度聴いたら頭から離れないような、そんなメロディーと歌詞を考えた。
詩から始まって、それぞれに手渡されていく大事なソロのフレーズ。
始まりが終わると、音楽はがらりと雰囲気を変える。
クラップとストンプが飾るアップテンポ。竜星の口笛がホールに気持ちよく響き渡り、掲げた両手でクラップを促す。
(さすが竜星、慣れてるな)
ためらいなく観客に笑顔を振りまいた竜星。ヒナは舌を巻く。
竜星と目が合った観客が笑顔で手を叩き、瞬く間に周囲へとクラップの輪が広がった。
軽やかで楽しい曲調を、沢山のクラップが盛り上げていく。一気に賑やかになった音楽の上を駆けるように、受け取ったフレーズをソロで歌いきった竜星が、ヒナに向けて笑いかけた。
——まだ緊張してるん?
からかいの声が聞こえた気がする。
竜星を軽く睨んで高音のハーモニーをぶつけた。じゃれ合うような明るい響き。
ヒナがわずかに音を外すと、
「あれ? 調子わりィ?」
琉夏が合いの手みたいなアドリブを突っこんだ。
ヒナが「うるさいなっ」と返せば、続けて笑う声まで音楽になる。練習のときからあった掛け合いに、体の緊張が一気にほぐれた。
自由でポップな空気。音に合わせるだけで、どんな会話も——失敗さえも、一度きりの音楽になる。
観客が笑う声も聞こえた。クラップを通して共有する音楽は、気持ちが乗れば乗るほどテンポが上がっていく。
その走る音楽を支配すべく、低音が中心のセクションに入った。
ぐっとキーが下がり、メロディーはハヤトと壱正に乗っ取られる。
壱正のソロは音程が安定している。しっかりと地に足をつけるような、正確な音が響いていく。安心する響き。
ヒナと目を合わせた壱正は、
——大丈夫だ。
力強く、頷いてくれた。
音楽を支えてくれる歌声は、壱正の性格を映している。
ヒナと観客が安心しきったタイミングで、ハヤトが声をあげた。
気持ちが昂ったような煽り声。ロックだ。
魂を叫ぶ激しい調子なのに、声質は響きやすく、伸びる歌声は印象的に揺れる。
——似ている。生き写しのように、歌手の歌い方が重なる。
母親のことは確かめていない。
長く時間を共にしているのに、ヒナはハヤトのことをあまり知らない。母親に限らず、父親のことも訊けない。
——ひとりで完結すんな。遠慮せず、なんでも言え。
あのとき思った。
壁を作っているのは、もしかすると自分かも知れない。
胸の奥底に在る自分を曝したくない。
今だけは、このままで。
自分にプレゼントした、高校2年生という自由な時間を大切にしたい——。
ふいに鋭い吊り目がヒナを捉える。
挑発するように笑うので、こちらも同じ心意気で返した。
(……いつか。将来の夢を語ったときみたいに、ハヤトには本当の夢を話せると——いいな。……無理かな。チェリーにも話せないのに……)
ヒナの淡い迷いを振り払うように、音楽は再び調子を変えた。
琉夏のターン。物怖じしない性格が生み出す華やかな響き。
手慣れたようすで歌いながら歩き出した琉夏が、ひらりとステージを降りた。
えっ?
観客の戸惑いが伝わる。スタッフも驚いた顔を見せる。
チームメイトに動揺はない。琉夏の流れは打ち合せどおりの動きだった。
竜星、詩、ハヤト、壱正も順に降りていく。
観客席の通路を進み、等間隔にバランスよく。ホールで円を作るように。
ステージに残されたヒナは、5人の歌声にのせて、いつもの弾けるような明るい声で頼んだ。
「——おれのソロは、みんなで歌って! 歌うの苦手だから、一緒に支えてほしいっ!」
ヒナのソロは、練習で完成しなかった。
どうしても声量が足りず、音程も不安定。
——ならばいっそ、誰かに助けてもらおうか。非現実的な案を叶えるために、ここまでの流れを作った。
呼びかけで立ち上がらせ、次に手を叩いてもらう。ハードルの低いものから、ひとつずつ。観客を誘導していく。
竜星の口笛や琉夏の突っこみ、ハヤトの感情任せの声。アドリブっぽい音を盛り込むことで、自由な空気を演出した。
——ラストは、みんなで。
繰り返されたメロディは、観客の頭に刷り込まれている。
ラストは、誰でも口ずさめるように、ゆっくりとテンポを落とす。
全員で重ねられるように。
一緒に歌って。
一緒に青春をうたおう。
強いメッセージに誘われてあふれる声は、ゆるやかに大きくなっていく。
マイクを通したヒナの声を押し上げるように、ホールを包み込んで反響した。
(わぁ……)
ひとつになる音が、心臓まで深く深く響く。
会場のみんなと一体化したような、音楽に身が震えるような快感。
強く重なる歌声の響きに、まるでヒナたちが世界の主役であるかのような……。
まぶしい誇らしさで、胸がいっぱいになった。




