05_Track15
ミュージック甲子園、本選の当日。
ライブ映像となる番組が始まるころ、現地から遠く離れた桜統学園、オーディオルームの一室。
麦とルイは午後の講座をキャンセルし、ヒナたちのアカペラを見ようと約束していたのだが。
「……ルイくん、あの、どうして彼らを呼んだの……?」
麦は細い声で尋ねた。麦の目の端には、かつての級友である元Bクラスの同級生たちが着席している。
全員ではない。男子ばかりで4人。誰もが気まずそうな顔で押し黙っている。
麦の疑問に、ルイが笑顔を浮かべた。ミルクティーブラウンの髪は今日もツヤツヤで、天使のような光の輪が輝いている。
「麦くん、あのメンバーの共通点は分かるかな?」
「ぇ……」
直接目を合わせたくない麦は、視界の隅っこで顔と名前を照らし合わせた。
「ぁ……もしかして」
「そう、その『もしかして』」
琉夏とトラブルがあったメンバーだ。
答えは理解したが、呼び出した理由は分からない。
麦に向かって微笑むルイは、可愛くウィンクしてみせると、
「探偵ごっこだよ。詩のいない今がチャンスだと思ってね?」
大きなディスプレイの前に立った。彼らに対して向かい合うかたちで、まるで教壇に立つ教師のように見据えた。
「——やぁ、こうして話すのは久しぶりだね? 呼び出しに応じてくれてありがとう」
嫣然とした笑みに、返答はない。4人の同級生たちは沈黙している。
ルイは構うことなく続ける。
「知らせたとおり、今から元クラスメイトの晴れ舞台なんだ。君たちにも、ぜひ一緒に鑑賞してもらいたいな」
笑っているのに、細まる目は冷ややかだった。
麦はルイの笑い方に寒気を覚えて身を震わせる。
「——その前に。みんなに見てもらいたいものがあってね」
ルイは手にしていたタブレット端末に触れる。バックのディスプレイに映し出されたのは、先日クラスメイトたちに見せた、ネットに散らばる悪口のスクリーンショット。
同級生たちの顔色が変わった。
「……ふふ、すごい量でしょ? 全部で52件の中傷コメントを見つけたんだ。……あっ、もちろん僕が見つけたんじゃないよ? 君たちも知ってると思うけど、僕には根強い『ファン』がいるからね……。わざわざ調べてきて、僕に教えてくれたんだ」
ディスプレイが切り替わる。
ひとつのコメントが拡大される。
『金髪は死んだ有名歌手の隠し子』
麦はハッとした。
ハヤトの母親のことを、麦たちは知っている。中学の入学式で(芸能人だ!)と見かけてから、彼女は学校行事のたびにひっそりと参観していて、誰かの身内なのだろうかと話題になっていた。
彼女が亡くなったとき、今まで欠席したことのなかったハヤトが数日にかけて休み、クラスメイトたちはハヤトの母親ではないかと噂した。
「……これを見て、変だなって思ったんだ」
ルイが、ぽつりと呟く。
「この噂を知ってるなら、桜統生のはず。でも、桜統生ならハヤトくんの『暴力事件』だって知ってる。世間的イメージを落としたいなら、どう考えたって後者のほうが有力なのに……それに触れるコメントはなかった」
タブレットから上がったルイの目が、ゆっくりと同級生たちを捉える。
「……もし、暴力事件を話題に出したら、調査が入って君たちの『隠蔽事件』も明るみに出るかもしれないよね? ……琉夏くんは僕たちに何も話してくれないけど、君たちと何かあったのは分かってるんだよ? せっかく教師を騙したのに、今さら警察沙汰になったら困るもんね? ……経歴に傷が付いちゃう」
クスリ。小さく笑い声がこぼれた。
ルイに見下ろされる同級生たちは青い顔をしている。彼らがここに来たのは、ルイが脅迫めいた匂わせメッセージでも送ったからではないだろうか。
彼らの顔つきは、最初から不安を抱えていた。
「コメントの情報開示を請求して、裁判を起こすこともできるね? ……でも、ハヤトくんを含め、みんな優しいから……君たちが反省するなら、僕も今回だけは目をつぶってあげようかと思うんだ」
ドキドキと心配していた麦をよそに、話は穏便に片付こうとしている。
ルイの言葉に、麦を含め全員が安堵の表情を見せた。
だが、しかし。
「——代わりに、今から視聴するアカペラの感想を、SNSに投稿してもらうね? 自分が投稿した中傷コメントの百倍の数で赦してあげる。もちろん、心を込めて褒めてね?」
天使のような清らかな顔を、悪魔のような笑顔にかたどった。
(ぇ……ルイくん、52件の中傷コメントがあったって……)
青かった同級生たちの顔色は、蒼白になっている。
どこまでが彼らの投稿か分からないが、途方もない数の好意的コメントを投稿する羽目になるような……
ただ、同情はできない。自業自得とも思うので、麦はフォローすることなく黙っておいた。
「さっ、じゃあ、そろそろ時間だね。一緒に見よっか」
明るく華麗に締めたルイが、麦を手招きする。
(——そうだ、こっちがメイン!)
ディスプレイ正面の席に、麦はルイと並んで座った。
ミュージック甲子園の番組は長丁場。生放送で2時間ほど。
麦はアイスティーの入った水筒をふたつ取り出して、ルイに片方を手渡した。
始まる番組に、並んだ各学校の高校生たちが映り込み、
「……ぁ」
見つけるのは簡単だった。
長身で虹色の髪をした琉夏が、とてつもなく目立つ。20組くらいが揃うなか、金髪のハヤトとピンクの竜星に挟まれたヒナの顔が……。
「……ね、麦くん。ヒナくん、とっても緊張してない?」
「うん……カチコチ……」
ヒナは転入してきた初日を超える固まり具合で、今にも石像になりそう。本番が非常に不安。
画面越しに、麦は精一杯の応援を送った。
(ヒナくん、がんばって!)




