05_Track14
——サクラ先生。おれ、誰も悪く言えないくらいの完全勝利が欲しいんです。なんでもします。手伝ってください。
頭を下げて必死に頼み込んできた生徒の姿を、サクラは見ている。
——頼みます。クラス合宿を許可してください。
一方で、普段は反抗的な態度を見せる者を筆頭に、他のクラスメイトたちも揃って頭を下げた姿を見ている。
全体として自意識が強く、プライドが高い。何より個人で自由気ままな傾向がある桜統生が、これほど一丸となって低姿勢を見せることは滅多にない。
……とはいえ、一介の担任教員が、ここまでする必要はない。
『先生』が教育にプライベートの時間を捧げるなど、今は昔の話。
ただ、それでも、心が動かされる瞬間はある。
まぶしい熱量を感じると、情熱に染まることがある。
先生はロボットではなく、人間だから。
サクラには私情もあったが。
「——なァ、ヒナ。音が下がってる。目立つから直してくンない?」
「ええっ? またおれ?」
「ソロのとこは気持ち高めで歌って」
「分かんないよ! 琉夏、いっかい歌って!」
「オレのは上手すぎて参考にならなくねェ?」
「むかつくっ」
学園から近い、櫻屋敷が所有する家屋のひとつ。一面が畳となる広い部屋を練習場として、サクラは生徒たちに提供した。
生徒たちを使用人に託して一度学園へ戻っていたサクラは、ちょうど今、戻ってきたところだった。
声の通るヒナと琉夏の会話が、襖を越えて届いてくる。襖を開ければ、輪になって歌の練習をする生徒たちが目に入った。麦とルイは座卓に着いて企画書を広げている。
「あっ、サクラ先生!」
輪から外れたヒナが、サクラに駆け寄った。頭頂部の髪が重力に逆らった跳ね上がりを見せているが、気にしていないらしい。その顔は笑顔で満ちている。
「別荘(?)を貸してくれて、ありがとうございますっ」
声も跳ねている。元気そうな様子を確認したサクラは、微笑を返した。
「どういたしまして」
残りの生徒もサクラの許へ集まってくると、感謝を述べて礼儀正しく頭を下げた。当然ハヤトも。
「調子はどうかな?」
サクラの問い掛けに、生徒たちは互いに目を合わせる。
「いい感じです!」
誰とも目を合わさず勝手に意気揚々と返したヒナ。琉夏によって「いや、ヒナは全くいい感じじゃねェよ?」あっさりと否定された。
普段どおり背筋の伸びた壱正が丁寧に答える。
「まだ練習が始まったばかりなので、完成度は低いだろうと思います。とくに順番に回るソロの声量と音程が課題です。楽譜にないアレンジが入ったのもあり……」
「——あっ、そうそう! そうなんです! サクラ先生と作った楽譜から、すこし変わったんです」
思い出したようにヒナが声をあげた。手にしていたファイルを開いて、サクラへと見せてくる。
「ポイパが無かったんですけど……壱正が少しやってくれることになって。でも、やっぱりもっとビートが欲しいってハヤトが我儘を言い出したから……」
「おい、言い方」
後ろにいたハヤトから突っこまれたが、ヒナは気にせず話し続ける。
「詩くんが、『クラップ』と『ストンプ』のアイディアをくれたんです」
クラップは手を叩き、ストンプは足を踏み鳴らす。ヒナはその場で軽く鳴らしてみせると、和室に小さくリズムが弾んだ。
「にぎやかで、おれたちっぽい曲になりました!」
嬉しそうに報告するヒナは、修正の入った楽譜を掲げる。背の高いサクラの目に、宝物を自慢するみたいに。
「よかったね」
柔らかく微笑めば、ヒナの顔が喜びにほころぶ。
サクラの記憶にある面影を残しつつも、見たことのない新たな輝きを乗せて応える。
「はいっ」
「一度、私にも聴かせてもらえるかな?」
最後のサクラの問いは、生徒たち全員に向けられた。
昨夜が不眠なのは、ヒナだけではない。
しかし、生徒たちの笑顔に、疲労もふっと薄れていくようだった。
未完成な重なりが、広い和室を心地よく満たしていた。




