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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
青春をうたおう
50/79

05_Track11

 スマホを手に取り、画面を覗き込んでいた。

 時刻は夜になっている。一日の予定を終えて自室に帰ったヒナは、明日の講座予習をしていたが……ついスマホを取り出して、自分たちが投稿した動画を見ていた。

 エントリーは終わって結果も出ているが、動画は視聴できる。コメントも書き込めるので、新たに書き込まれたものを読んではニヤニヤしている。

 

「チェリー、聞いてよ。おれたち、めっちゃ褒められてるんだっ」


 喜びを自分ひとりで抑えきれず、チェリーに話しかける。呼びかけた自分の声に、チェリーと話すのが久しぶりだと気づいた。

 

《——アカペラの動画のことかな?》

「うんっ。詩くんの声が絶賛されてるし、何より動画がエモいって! 編集してくれた琉夏に感謝だなー」

《よかったね。ヒナが嬉しいと、ボクも嬉しいよ》

「おれ、テレビに出るなんて初めてだ。うわー本番まで緊張するーっ……あ! 予習が終わったら、ハヤトのとこに練習いこっ」

《……ヒナ、遅い時間の訪問は非常識だよ。相手に失礼だから、控えるべきじゃないかな?》

「えーっ? ハヤトが『いい』って言ったらいいだろー?」

《良くはないよ》

「聞こえなーい」

《……反抗期だね》

「あははっ……」


 笑い声が、ふと途絶えた。

 チェリーと話しながら眺めていた動画のコメント欄に、新たなコメントがついたのだが……

 

『やラせエぐい』


 呪いのような文字列。ぽかんとして見ていると、語意が頭の中で繋がった。

 やらせ、エグい。批判のワード。

 固まった手でスマホを握りしめ、しばらくのあいだ見つめていた。

 画面のライトが消えたため、ハッとして画面に触れた。コメントをタップするが、ページが更新され、コメントは跡形もなく消えていた。

 

(……なんだ、今の)

 

 胸中で浮かんだ問いには、脳が答えを弾き出した。

 ——アンチコメント。AIの制限フィルターをかいくぐって投稿されたのだろうが、通報で消されたのか、あるいは本人が消したのか。

 

「………………」

 

 一瞬の悪意が、胸に冷たく刺さっている。

 震える指先を動かして、スマホの画面を検索エンジンに切り替えた。

 

「『ミュー甲』、『動画』……『桜』」

 

 検索ワードを口にする。『桜』は桜統学園の隠しワード。SNSで正式名称を隠したいときに遣われる。

 

 検索で出てきたものを上から流し見していく。気になるものはない。櫻屋敷(さくらやしき)グループの検索エンジンでは表に上がってこない。

 スマホにインストールしていた別のSNSアプリを開いた。同じワードで検索を掛ければ、すぐに見つけられる。

 

『今年のM甲やらせエグい』


 似た文面だけでなく、『ポイントの急上昇は不正』だの、『編集のクオリティが生徒の技術じゃない』だの、批判のコメントは次々に出てきた。

 

「は? ふざけんな。編集したの琉夏だし」


 思わず口をついて出た不快な気持ちは、低く暗い音をしていた。

 コメントを辿(たど)っていく。悪意の文字は果てしなく流れていく。

 

 歌も上手くない。

 アカペラ感ない。小学生の合唱のほうがマシ。

 リードボーカルしか声が出てない。

 コーラスは人数合わせ?

 曲がいいだけ。

 俺らの学校、桜と同じ曲だから落とされたっぽい。実力は勝ってたのに学校の知名度負け。

 スポンサーの圧力。

 

 ——見るべきじゃない。分かっているのに、指が止まらない。際限なく拾ってしまう悪意に胸が痛み始める。

 追いかけていた目が、ひとつのコメントに止まった。

 

『金髪は死んだ有名歌手の隠し子』

 

 添付されたリンク先は動画だった。歌う女性。有名な歌手で、ヒナも曲を聴いたことがある。去年か一昨年に亡くなったニュースを見た気がする。

 コメントに連なるのは、ミュージック甲子園とのコネクションを指摘するものと、『ほんとに?』『たしかに目が似てる?』情報の信憑性(しんぴょうせい)を問うものに分かれていた。

 

 ヒナも真実は知らない。

 ただ、言われて比べてみれば、よく似ている。覚王地医師が父親である事実を踏まえると、覚王地医師にない要素がハヤトにあって、そこに歌手のほうの遺伝子を感じる。歌っているときの雰囲気が——そっくりだ。歌声を最後に揺らすところは、瓜二つ。

 

 ——隠し子。

 ネットの情報では、母親と思われる歌手に子供の情報はなく、既婚の記事もない。

 ヒナはコメントを即座に通報した。しかし、一度でも誰かの目に(さら)された情報を、個人の頭の中から消すことはAIにもできない。

 

 ハヤトだけじゃない。

 参加したクラスメイトの悪口だって、通報しきれないほどに(あふ)れている。

 

(どうして……なんでっ……)

 

 胸を締めつける感情は、後悔に満ちていた。

 

《——ヒナ?》

 

 言葉にできない気持ちを問うように、そっとチェリーの声が響いた。

 震えるヒナの声が、ぽつりと。

 

「おれのせいだ……おれが誘ったせいで、また2Bのみんなが悪く言われてる……」

《話が分からないよ。順を追って説明してくれないかな?》

「………………」

 

 チェリーに言って何になるの?

 一瞬、(ひど)いことを言いそうになった。悪意に染まった頭を振り払うように、「なんでもない」首を振って話を切る。

 チェリーはまるで沈黙のように長く止まったが、

 

《……ボクに話せないなら、誰か身近なひとに相談してごらん》

 

 鈴を鳴らすような声で、やわらかに告げた。

 

 ——誰にも言えない。何も知らないクラスメイトたちに話せるわけがない。

 ヒナの胸のうちを知らないチェリーは、穏やかな響きで言葉を紡いでいく。

 

《ひとりで考え込まないで。たまには周りの大人を頼ってみてもいいんじゃないかな? 君を助けてくれるひとは、必ずいるよ?》

 

 おれに、助けてくれるひとなんていない。

 否定しようとした頭に、流れ星のような閃光(せんこう)が走った。

 

——本人が助力を求めてくるのなら、助言はしよう。

 

「あっ……」


 スマホの画面に目が戻る。

 今日は金曜日。()がいる日。

 

 予習そっちのけで飛び出したヒナは、カフェテリアに向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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