05_Track11
スマホを手に取り、画面を覗き込んでいた。
時刻は夜になっている。一日の予定を終えて自室に帰ったヒナは、明日の講座予習をしていたが……ついスマホを取り出して、自分たちが投稿した動画を見ていた。
エントリーは終わって結果も出ているが、動画は視聴できる。コメントも書き込めるので、新たに書き込まれたものを読んではニヤニヤしている。
「チェリー、聞いてよ。おれたち、めっちゃ褒められてるんだっ」
喜びを自分ひとりで抑えきれず、チェリーに話しかける。呼びかけた自分の声に、チェリーと話すのが久しぶりだと気づいた。
《——アカペラの動画のことかな?》
「うんっ。詩くんの声が絶賛されてるし、何より動画がエモいって! 編集してくれた琉夏に感謝だなー」
《よかったね。ヒナが嬉しいと、ボクも嬉しいよ》
「おれ、テレビに出るなんて初めてだ。うわー本番まで緊張するーっ……あ! 予習が終わったら、ハヤトのとこに練習いこっ」
《……ヒナ、遅い時間の訪問は非常識だよ。相手に失礼だから、控えるべきじゃないかな?》
「えーっ? ハヤトが『いい』って言ったらいいだろー?」
《良くはないよ》
「聞こえなーい」
《……反抗期だね》
「あははっ……」
笑い声が、ふと途絶えた。
チェリーと話しながら眺めていた動画のコメント欄に、新たなコメントがついたのだが……
『やラせエぐい』
呪いのような文字列。ぽかんとして見ていると、語意が頭の中で繋がった。
やらせ、エグい。批判のワード。
固まった手でスマホを握りしめ、しばらくのあいだ見つめていた。
画面のライトが消えたため、ハッとして画面に触れた。コメントをタップするが、ページが更新され、コメントは跡形もなく消えていた。
(……なんだ、今の)
胸中で浮かんだ問いには、脳が答えを弾き出した。
——アンチコメント。AIの制限フィルターをかいくぐって投稿されたのだろうが、通報で消されたのか、あるいは本人が消したのか。
「………………」
一瞬の悪意が、胸に冷たく刺さっている。
震える指先を動かして、スマホの画面を検索エンジンに切り替えた。
「『ミュー甲』、『動画』……『桜』」
検索ワードを口にする。『桜』は桜統学園の隠しワード。SNSで正式名称を隠したいときに遣われる。
検索で出てきたものを上から流し見していく。気になるものはない。櫻屋敷グループの検索エンジンでは表に上がってこない。
スマホにインストールしていた別のSNSアプリを開いた。同じワードで検索を掛ければ、すぐに見つけられる。
『今年のM甲やらせエグい』
似た文面だけでなく、『ポイントの急上昇は不正』だの、『編集のクオリティが生徒の技術じゃない』だの、批判のコメントは次々に出てきた。
「は? ふざけんな。編集したの琉夏だし」
思わず口をついて出た不快な気持ちは、低く暗い音をしていた。
コメントを辿っていく。悪意の文字は果てしなく流れていく。
歌も上手くない。
アカペラ感ない。小学生の合唱のほうがマシ。
リードボーカルしか声が出てない。
コーラスは人数合わせ?
曲がいいだけ。
俺らの学校、桜と同じ曲だから落とされたっぽい。実力は勝ってたのに学校の知名度負け。
スポンサーの圧力。
——見るべきじゃない。分かっているのに、指が止まらない。際限なく拾ってしまう悪意に胸が痛み始める。
追いかけていた目が、ひとつのコメントに止まった。
『金髪は死んだ有名歌手の隠し子』
添付されたリンク先は動画だった。歌う女性。有名な歌手で、ヒナも曲を聴いたことがある。去年か一昨年に亡くなったニュースを見た気がする。
コメントに連なるのは、ミュージック甲子園とのコネクションを指摘するものと、『ほんとに?』『たしかに目が似てる?』情報の信憑性を問うものに分かれていた。
ヒナも真実は知らない。
ただ、言われて比べてみれば、よく似ている。覚王地医師が父親である事実を踏まえると、覚王地医師にない要素がハヤトにあって、そこに歌手のほうの遺伝子を感じる。歌っているときの雰囲気が——そっくりだ。歌声を最後に揺らすところは、瓜二つ。
——隠し子。
ネットの情報では、母親と思われる歌手に子供の情報はなく、既婚の記事もない。
ヒナはコメントを即座に通報した。しかし、一度でも誰かの目に曝された情報を、個人の頭の中から消すことはAIにもできない。
ハヤトだけじゃない。
参加したクラスメイトの悪口だって、通報しきれないほどに溢れている。
(どうして……なんでっ……)
胸を締めつける感情は、後悔に満ちていた。
《——ヒナ?》
言葉にできない気持ちを問うように、そっとチェリーの声が響いた。
震えるヒナの声が、ぽつりと。
「おれのせいだ……おれが誘ったせいで、また2Bのみんなが悪く言われてる……」
《話が分からないよ。順を追って説明してくれないかな?》
「………………」
チェリーに言って何になるの?
一瞬、酷いことを言いそうになった。悪意に染まった頭を振り払うように、「なんでもない」首を振って話を切る。
チェリーはまるで沈黙のように長く止まったが、
《……ボクに話せないなら、誰か身近なひとに相談してごらん》
鈴を鳴らすような声で、やわらかに告げた。
——誰にも言えない。何も知らないクラスメイトたちに話せるわけがない。
ヒナの胸のうちを知らないチェリーは、穏やかな響きで言葉を紡いでいく。
《ひとりで考え込まないで。たまには周りの大人を頼ってみてもいいんじゃないかな? 君を助けてくれるひとは、必ずいるよ?》
おれに、助けてくれるひとなんていない。
否定しようとした頭に、流れ星のような閃光が走った。
——本人が助力を求めてくるのなら、助言はしよう。
「あっ……」
スマホの画面に目が戻る。
今日は金曜日。彼がいる日。
予習そっちのけで飛び出したヒナは、カフェテリアに向かっていた。




