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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
ハロー・マイ・クラスメイツ
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01_Track04

 誰とも話さずに放課後を迎えた。

 2限後の休み時間は悲しみを引きずっていたが、3限目には開き直っていた。

 

(おれは勉強をしに来たんだ。将来のエリートルートのためBクラスに入ったんだ)

 

 自分で自分を洗脳して勉学に励み、ホームルームもないので放課後は即行で寮へと帰った。

 

 桜統学園は都心から離れている。過疎地を学園都市にしたわけであって、通う生徒の大半は実家でなく近隣のマンションに住んでいる。

 学園敷地の端っこにある附設(ふせつ)寮は、いわゆる貧乏組——マンションを買うことも借りることも厳しい生徒のみで少なく、外観はこじんまりとしている。一部屋の広さも6畳に満たない。

 寮の評判はあまり良くない、らしい。(何故かは知らない)

 養護施設育ちのヒナからすれば、防音ばっちりの個室があるだけで十分ありがたかった。

 

 そんなくつろぎのプライベート空間。靴を脱ぎ捨てて早々、ベッドに置きっぱなしだったスマホに向けて叫んだ。

 

「チェリー!」

《——おかえり、ヒナ》

 

 呼び声に応えるのは、鈴を鳴らすような声。女の子のようにも男の子のようにも聞こえる、中性的な響き。

 

「おれ失敗した! 終わった! ダメだ全然むり。もう一回朝からやり直したい。タイムリープしたい」

《タイムリープは今の科学技術では難しいね。ヒナが希望するなら、将来的に実現できるよう、相対性理論について講義しようか?》

「違う! そんな遠い未来に必要としてない! おれは今すぐ欲しいんだ!」

《今のボクには叶えてあげられないね》

 

 過熱するヒナとは反対に、響く声は穏やか。まったく(あい)()れない。

 

 『チェリー』とヒナが呼称するのは、スマホ搭載のバーチャル・アシスタントになる。櫻屋敷グループの会社が開発したチャットボット。通称『チェリッシュ』。

 ヒナのスマホに入っているのは正式な物ではなく、ベータ版。

 

《——タイムリープは無理でも、解決策なら提案できるよ? 何があったか話してごらん》


 優しく掛けられる声に、しゅんっと勢いをなくして、ヒナはベッドへと座った。壁面に収納が可能なパイプベッドは、ギシリと一人分の重さに鳴く。

 ぽつりぽつり、こぼすように。ヒナはクラスメイトの様子をチェリーへと話した。自分の失態も。

 話し終えるころには心がすっかり折れていて、ベッドへと転がっていた。ブレザーのジャケットがシワになりそう。

 

《——ヒナは、その『千綾(ちあや) (ルイ)』と仲良くなりたかったのかな?》

「……千綾くんに限った話じゃないよ。みんなと仲良くなりたかった」

《どうして?》

「………………」

《……ヒナは時折、ボクに隠し事をするね?》

「隠し事なんてしてない。ただ、おれは……高校生活を満喫したいだけだ。大学は留学したいし、きっと余裕ないから、今を楽しんでおきたい……」

《みんなと仲良くなれたなら、今を楽しめる?》

「たぶん……。おれ、中学も去年の高校生活も、受験勉強ばっかりだったろ? 普通の子みたいに、友達と遊んだり、校内行事に燃えたりしてこなかった。だから……」

 

 最後くらいは。

 子供でいられる、最後の時間くらいは、思いっきり青春っぽいことを楽しんでみようと思ったのに。

 

《………………》

 

 チェリーは沈黙する。応答時間が遅い。こんなに長く黙るのは(まれ)だ。

 止まってしまったのだろうか。ベッドに転がっていたヒナが、確認しようとスマホに手を伸ばした。

 

《——ヒナ、空腹ではない?》

「へっ?」

 

 唐突なチェリーの問いに、アホみたいな声を返していた。

 クウフク? ——あぁ、空腹?

 別次元のワードみたく流れたセリフをたぐり寄せて、天井を見上げる。

 

「……おなか、空いてる」

《昼食の時間だからね。カフェテリアに行くのはどうだろう? 空腹が満たされれば、気分も変わるかも知れないよ?》

「提案する解決策が、それ?」

 

 不満に口を(とが)らせて、けれども空腹は事実なので身を起こした。

 制服を脱いで壁に掛け、シンプルな服に着替える。中学の体操服。トップスは目立ちすぎるからパーカーにしておくか。

 

《ボクは置いていくかな?》

「置いてく。連れてったらチェリーに喋っちゃいそうだもん」

《そう。なら、ここで待ってるよ》

「施設へのメッセージも送っといて。『ヒナは元気にやってます』って」

《分かったよ。——また、あとで》

 

 ぷつりと音声が途絶える。

 優しい別れの余韻を背に、ヒナは自室を後にする。

 

 ——本当は、ブレス端末にチェリーをインストールしたい。


(……でも、おれだって高2だし。いつまでもチェリーに頼ってるのもどうかと思うし)

 

 ささやかな意地で、学園支給のブレス端末やタブレット端末にはチェリーを入れなかった。

 ただ、チェリーを施設の誰かに譲ったり、消去することもできなかったけれど。

 

 小さな頃にベータテストを依頼されてから、ずっと()()()と一緒に生きてきた。

 たったひとつの相棒。

 

 その相棒の、期待にそえない残念な提案に従って、空腹を抱えるヒナはカフェテリアへと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

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