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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
青春をうたおう
43/45

05_Track04

 詩はメンバーに確定したも同然だった。ところが——

 

「どうして断るんだよぅ……」

 

 カラオケからの帰り、日暮れの道を歩くヒナは肩を落としていた。

 横を歩くハヤトが、ヒナに目を送る。

 

「詩が出ないっつってんだから、仕方ないだろ」

「一生懸命に頼んだら、なんとかならないかなぁ……詩が出てくれたら、優勝するのも夢じゃないのに……」

「お前の(デートの)ために無理させるのはおかしいだろ」

「……うーん」


 足許に目を落として、ヒナは歩道の低い縁石をたどる。少し背の高くなったヒナを、「危ないから、こっち来い」ハヤトが引っぱり降ろす。不良キャラを捨てた最近の彼は、オカン。

 ヒナの不満げな目を受けて、「なんだよ?」と返すあたり、ハヤトに自覚はないらしい。施設育ちで自立しているヒナからすると、ハヤトのヒナに対する子供扱いは非常に鬱陶(うっとう)しい。(ハヤトにとって子供扱いなのかは定かでない)

 ヒナがハヤトに不満を抱いているとは、つゆ知らず。ハヤトは話題をカラオケへと移行した。

 

「お前、カラオケは初めてだったんだよな?」

「おー」

「どうだった?」

「楽しかった」

「よかったな」

「……おれ、前は、お金を払って歌うことの何が楽しいんだろって……思ってた」

「………………」

「……でも行ってみたらさ、みんなと一緒に歌って、笑って、……なんか青春っぽいなって。すごく楽しかった」

 

 日の残光が、淡く闇に溶けていく空。

 見上げたヒナの顔は、暮れゆく空を見つめて笑っていた。

 ハヤトはその笑顔を何故か見ていられず、瞳を泳がせる。揺らいだ目の先で適当な返答を見つけて、

 

「……青春か。お前、その言葉好きだよな?」

「だって青春まっ盛りの青少年だからな!」

「いや、青春まっ盛りの青少年は逆に言わなくねぇか……?」


 ハヤトの指摘に、ヒナの笑い声が響いた。

 聞き慣れてしまったヒナの高めの声に、ハヤトが耳を塞ぐことはなかった。

 

「だって、おれたちには今しかないだろ?」

「何が?」

「……自由な時間?」

「大人になったほうが自由だろ」

「ないよ。おれ、社畜になるし」

「なんの宣言だよ」

「いっぱい働くってこと!」

「将来、なんかやりたい仕事でもあんのか?」

「……櫻屋敷(さくらやしき)グループに入りたい。できたら、本社」

「あぁ、なら簡単じゃねぇか。Bクラで卒業すれば、道ができるようなもん……」

 

 ハヤトの脳裏に、いつかの記憶が(ひらめ)く。

 

——おれはBクラ卒業者限定の黎明(れいめい)会に入るんだ!

 

「……お前、そんなこと言ってたな?」

「うん。小さい頃からの夢なんだ」

「エンジニアになるのが?」

「ううん、櫻屋敷に入るのが、おれの夢」

「ふぅん……叶うといいな」

「うん」


 寮へと向かう道は、落ちた花弁を集めるロボットが粛々と清掃している。

 空は薄闇が広がり、地面に長く伸びた二人の影は、もうじき消えてしまいそうだった。


 明るく涼しい寮に足を入れる。世界が切り替わったように、ヒナは弾けた空気でハヤトを見上げた。

 

「お腹すいたな!」

「おお」

「……ん? そうでもないか。スムージーで満たされてるな……」

「飲みすぎなんだよ、お前は」

「おれ、もうちょっと後にしよー」

「……俺は先に行くぞ?」

「ん、りょーかい」

「………………」

 

 さらっと別れの手を振って、ヒナは階段に向かっていく。

 未練のないヒナの様子に、ハヤトはなんとなく呼び止めていた。

 

「ヒナ」


 とっさに出た呼び名。口にしたハヤトも硬直したが、聞き取った背中もピタリと止まっていた。

 奇妙な沈黙が、数秒。

 古いロボットのようにギギギと首を回したヒナは、ハヤトを見返した。

 

「……いま、おれのこと呼んだ?」

「……呼んだ」

「……なんか、すごい違和感あったの、なんでだ?」

「初めて……名前で呼んだ、か?」

「あぁ……そう言われると?」

「………………」

「………………」


 更に数秒、ぎこちない沈黙を挟んだ。

 

「……えーと? おれ、なんで呼ばれたんだ?」

「…………忘れた」

「はあー?」

「わりぃ」


 軽い謝罪を送って、ハヤトは止まっていた足を動かした。カフェテリアではなく、階段の方へ。

 

「え。ハヤト、カフェは?」

「後にする。俺も、あんま腹へってねぇ」

「ココアを飲みすぎなんだよ、ハヤトは」

「そんな飲んでねぇよ」

「いーや、飲んでた。5杯は飲んでた」


 先に上がっていくハヤトを追いかけて、ヒナが小言をぶつける。

 2階のフロアには相変わらず人の気配がない。自室のドアにたどり着くと、ハヤトはヒナを振り返った。

 

「つぅか、お前さ。部屋を出るとき、『いってきます』っつってねぇか?」

 

 目を(またた)かせて、一瞬だけ止まったヒナ。

 

「前からたまに聞こえてて……」

 

 続くハヤトの言葉に、すんっと大人しくなった。

 

「……言ってる」

「帰ったときも?」

「……言ってる。『ただいま』」

「ドアが閉まる間際に、返事みてぇな声も聞こえるんだけど……あれ、なんだ?」

「スマホのアシスタント……チャットボットだな」

「……お前、毎日チャットボットと挨拶してんのか?」

 

 ヒナが押し黙った。とても珍しいことに、その頬はうっすらと赤みを帯びた。

 

「……わるい?」

 

 ハヤトを()め上げるヒナの目には、照れ隠しのツンとした色が見える。

 恥ずかしさに染まった顔は幼く、あるいは可愛らしく。

 ハヤトは思わず視線を外して、笑いそうになったのを誤魔化そうと、

 

「いやっ……悪いことはねぇけど……」

「………………」

「……そうだよなっ? 独り暮らし、寂しいもんな? AIでも喋ってくれると気が紛れるもんなっ?」

「…………くそ、むかつく。同じ独り暮らしのくせに、すごい上から目線だ」

「いや、誤解すんな! べつに馬鹿にしてねぇからっ」

「…………帰る」

 

 屈辱を覚えたような表情で去ろうとするヒナの肩を、慌てたハヤトが掴んだ。謝罪と言い訳を並べてみるが、ヒナの表情は変わらない。

 いっそ余計なことを(お前、()ねてると可愛いなっ?)口走りそうになっていたハヤトだか、ヒナのほうが引き結んでいた唇を開いた。

 

「ハヤトが、おれに冷たいのが悪い」

「……は?」

「クラスメイトで寮生仲間で友達なのに……ハヤトは、おれに冷たい。黙ってたけど、たまに壁を感じる」

「そんなこと……」

「ある。そんなこと、めっちゃある」

「それは、お前が……」

「——おれが?」


 詰問するように繰り返したヒナが、ずいっと前のめりにハヤトの顔を覗きこんだ。

 反射的にハヤトの身が弾けて、ヒナから距離を取る。

 

「………………」

「……ほら見ろ!」

「びっくりしたんだよっ」

「いや! 避ける勢いだった!」

「避けてねぇ!」

「帰る! じゃあなっ」


 言い争いの流れでヒナは自室のドアを開け、「ただいま、チェリー!」大げさに帰宅を告げた。

 閉じるドアの外から、ハヤトが何か言っている。

 

「悪かったから! 後でメシは一緒に食おうな!」

 

 ヒナは無視してベッドの端に座った。

 

《——おかえり、ヒナ。(にぎ)やかだね》

「……ハヤトがうるさいだけ」

《カラオケはどうだった?》

「楽しかった」

《ボクもヒナの歌を聞いてみたかったな》

「……おれ、うまくない」

《そうかな? 誰か上手だった?》

「……詩が、すごく上手だった。低いのに音が澄んでて……あの歌声は聴かせたかったな。……チェリーは、AIだけど」

《……何かあったのかな?》

「……おれ、チャットボットとこんなに喋ってるなんて……変だよな?」

《ハヤトさんに何か言われたんだね?》

「………………」

《変ではないよ。ロボとの会話は福祉施設でも導入されていて、会話する人も沢山いるよ》

「……うん」

《——大丈夫。いつかヒナは、ボクを必要としなくなるよ》

「そんなことない。新しい物を買っても、チェリーのことはずっと大事にする」

《……ありがとう》

「うん」

 

 部屋の隅を見つめていたヒナは、すっくと立ち上がった。

 

「お腹すいた気がする! ごはん行ってくるっ」


 明るい声で唱えて、部屋を飛び出す。

 チェリーの《いってらっしゃい》を耳に残し、ハヤトの部屋のドアへ。

 

「ハヤトー、ごはん行こー!」


 ドアを開けたハヤトは、すっかり機嫌を取り戻したヒナに困惑していたが……胸中だけで、そっと安堵(あんど)していた。

 

 

 

 

 

 

 

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